魔物達の学園都市
◆ ◆ ◆
ガラリ、と引き戸を開けて、春菜先生が一足先に教室へと入っていく。
うあ〜……緊張すんなぁ、チクショウ。
俺もまた、一拍遅れでその後に続いた。
教室内は、すり鉢を扇状に三分の一カットにした様な形状で、今俺が立つ場所は黒板の前、つまり教壇の上だ。つか、どーでもいーが、なんでこんなに静まり返ってんの?
とかなんとか考えていると。
ざわ……ざわ……。
ケケケケ……。
ヒソヒソヒソヒソ……。
モニュモニュモニュ……。
なんだか、教室に怪しげなな空気が満ちていく。
うん、ざわざわ、は分かる。笑い声っぽいのも魔物たちって事で許せるし、ヒソヒソしてんのも当然といえば当然だろう。
だが。だがな?
「モニュモニュってなんだよ……? って! うおわぁっ?」
俺はそれに気付いて思わず叫んだ。俺の右手に、ナニかがむしゃぶりついている!
女の子? らしい制服とスカート。真っ赤な長い髪はボサボサ、頭には犬かなんかっぽい耳。で、ソイツと目が合うと、
「がるっ!」
なんだか可愛らしい唸り声を上げて、ソイツは、
ガッシャ〜〜〜ン!
教室の窓ガラスを突き破って逃げて行った。
「あっ! 待ちなさい! ……もう、久しぶりに登校した思たら……ほんまにもぅ……」
なんだか分からないが、うん、多分問題児らしい。が、しかしだな。
「あ〜あ〜……」
俺の右手はヨダレでベトベト。どうすんだよコレ? つか、学校生活開始早々コレデスカ?
だが、傍らの春菜先生は慣れたもので、少しも動じている様子がない。まぁ、当たり前っちゃあ当たり前か。
「はいはい、静かにしてください? 今日から新しいお友達が増えますよって、皆さん、仲良うしはってな? さ、黎くん、自己紹介お願いします」
春菜先生に促され、俺は改めて教室を見回す。
うわ〜……マジ、人じゃねぇのがいっぱいいる……。
思わず、俺はスジ目になった。一言で言えば、百鬼夜行っつーかね。夜じゃねーんだけど。
なんか、首を机に置いてる首無しのナニか。彼(?)の首と目が合うと、即座に身体がその首を回し、そっぽを向かせてしまう。つか、その後で首の視線がこっちチラ見してんスけど……もしかして、人見知りってヤツ?
あとは、さっきの赤毛とは違う系統のケモノ耳付いてるヤツとか、骸骨っぽいのもいるなぁ……うわぁ、腐ってんのもいるし……オイオイ、ハエたかってんぞオマエ……大丈夫か? つか、「う〜あ〜」うめき声みたいの出してるケド、勉強して頭ん中入んのかよ?
で、それから。
「……あ」
俺はそのコを見て、思わず短い声を漏らした。
リーユン……だっけ? おんなじクラスなのか……なんか、ガン見されてるんデスが。
例の無感情な鋭い眼差しで、俺を見つめている春菜先生の娘。
って、娘っつーか、妹にしか見えんのだがなぁ……まぁ、吸血鬼って長生きらしいから、別に不自然じゃないのか。春菜先生も、三百歳超えてるとか言ってたし。
まぁいいか、と、俺は腹をくくった。
「えっと、俺、東郷黎九郎。魔物じゃないんだけどね〜……まぁその、食べないでクダサイ」
ちょっとテレながら、笑顔と共に挨拶してみる。
と、一番奥の席で、笑顔で手を振っている女の子がいる事に気付いた。穏やかな顔立ちの、なかなかカワイイ子だ。なんとなく、他の連中にはない『気品』? ってヤツも感じられる。
瞳孔が縦長なのと、ウェーブがかかったロングヘアのその色が、光合成してそうな緑色だというのは、まぁ無視しようか。つか、なんかもう驚き慣れた。
「はい、ほな黎くん、あの緑の髪の女の子の前の席が、キミの席どす。さっそく席に着いて下さい」
「りょ〜かいッス」
春菜先生に促され、俺はその席に向けて一歩を踏み出した。と、その時、
「あきゃ〜〜〜っ!」
奇妙な叫び声と共に、何かが飛び掛ってきた。
「シネシネシネシネシネシネえええぇぇぇぇぇっ!」
真っ白い三角帽子を被った子供みたいな大きさの何かは、俺のすぐ目の前で一生懸命に手斧を振り回している。
「え〜と……俺、オマエになんかしたか?」
シネとか言ってるし、一発ぶん殴ってやりたいとは思ったが、春菜先生の例もある。なんか知らないうちに不手際をやらかしたのかも知れない、と、そうも思った。
つか、なんでコイツ器用に空中で静止してんだ?
なんて思ってよく見ると、ソイツの片足が春菜先生の右手に鷲掴みにされている。
「ウメちゃん? そ〜ゆ〜んは、学校の外で、て、何度も言うてるやないの?」
穏やかに言った刹那、相変わらず狂ったように頭と斧を振り回しているソイツを、先生は――
ぱちゅん!
ひいいいぃぃぃ!
俺はその光景を見て、思わず胸中で悲鳴を上げた。春菜先生は俺の目の前で、ソイツを顔面から黒板に叩きつけたのだ。
うわあ、黒板が赤板になっとるぅ〜!
「えっと……大丈夫か? オマエ……」
一応、声を掛けてみる。が、当然ながら返事はない。ただのしかばねのようだ。
すると、
「ああ、こんなんいつもの事どすから……あ、せやったら『コレ』もついでに持って行ってくれはりますか? このコの席、黎くんの右隣どすさかいに」
ぺり、と、かるぅ〜い音を立ててソイツを黒板から引き剥がし、はい、と、逆さ吊りにして渡してくる春菜先生。
俺は『ソレ』を受け取り、
「コレをどうしろと……つか、なんですコイツ? 俺、コイツになんかしちゃったのかなぁ」
そう問うてみると、
「彼はレッドキャップのウメハラコージくんどす。まぁ、一族の掟で、一人前になる為に他人の血でその白い帽子を真っ赤に染めなあかんとかで……堪忍したっておくれやす。こんなんするの、ウチのクラスやと、このコだけどすさかいに」
そんな答が返ってきた。
「いや、つか、自分の血で帽子染まってんじゃねぇかよ……」
春菜先生の一撃で、どんな顔をしているのか良く判らなくなっている。だらりと逆さ吊りにしたおかげで、綺麗な純白の三角帽子が、じわじわと小汚い赤色に染まっていってるし。
まぁ取り敢えず、一つ確実な事が言えるとするなら、迷惑なヤツだという事だけは分かった。
(あ〜……ウズメ、探知スキルパックと、オート回避スキルパック頼むわ。戦闘スキルパックは、ひとまず消しとく)
(了解。さっそく送るわね)
俺はウズメから、この状況に合いそうなスキルパックを転送してもらい、席へと向かった。ついでにヨダレで汚れた右手も、ウメハラの制服で拭いておく。
席は、教室の形状に合わせて緩やかに曲線を描いている。材質はオーク材で、椅子も、後ろの席の前面に跳ね上げ式のものが付属している。
よく見れば、ワリと近くに例の腐ってるヤツもいる。良く考えられているもので、彼女(?)の後ろには天井から吸気ダクトが延びていて、腐臭を外に排出している様子だ。
うん、たぶん間違いない。彼女が千年以上前に生息していたという、伝説の『腐女子』って種族なんだろう。どう見ても腐ってるからな。
対応は間違っちゃいないがなぁ……どこツッコんでいいのか分かんねぇよ。
俺は再びスジ目になりながら、ウメハラを机の上に放り出すと、通路に隣接した俺の席に着いた。