魔物達の学園都市
ウメハラは、その体躯には大きすぎて、ほぼ全身を覆っているブレザーから、手足が生えているかのような風体だ。その手足が時々ビクンと痙攣するのだが、その様子がまたキモい。
まぁ、レッドキャップが何かは知らないが、幾つかのピアスを通したトンガリ耳から察すると、妖精かなんかの類なんだろう。春菜先生の口調からも、こんな事は日常茶飯事みたいだし、特に心配することもあるまい。
そう結論づけた時、不意に、俺の肩をつついてくるヤツがいる。
後ろを振り向くと、そこには例の緑髪の美少女がいた。
俺を見るなり、彼女は柔らかな微笑みを浮かべる。
「ワタクシ、羅魅亜・ル=クレールと申します。どうぞよろしく。……ワタクシも、お名前のほうの黎様、とお呼びしてもよろしくて?」
「様、て……」
呼ばれ慣れない敬称に、俺は総毛立った。
「どう呼んでもいいけど、『様』だけはなんとかして……」
「では、黎さん、で、よろしいかしら?」
「あ、まぁ、いいけどさ……羅魅亜さん、だっけ?」
「ああん、もう、羅魅亜と呼び捨ててくださいまし。ワタクシとあなた様の仲でございましょう?」
顔の横で両手を組み、眉根を寄せて微笑む羅魅亜。
オイちょっとマテ。初対面だってのに、どんな仲だってんだ?
なんかこう、不思議世界に引きずり込まれそうな予感を覚えながら、笑顔を引きつらせていると、
「ククッ、よせよせ黎九郎。それ以上相手にすんな。絡まれんぜ?」
俺の左隣、窓際の席から、そんな野太い声が聞こえた。
うお、やっぱデケェなぁ。
改めてソイツを見て、思わずそんな感慨が漏れる。
いやまぁ、自己紹介ん時に視界に入ってはいたが、いろいろな事情で見て見ぬふりをしていた訳だ。
というのも、まずはソイツの格好。この学校の制服じゃない。どっちかと言えば、じっちゃんの持ってた古文献の絵で見た、『ガクラン』とかいう詰襟の服によく似ている。
で、その服を羽織るように着て、ムダにボロボロの学生帽を被り、眼差しはサングラスの奥に格納されている。つか、それだけでも学生なのか怪しいのに、素足に鉄下駄履いてるってどういう事なの? バカなの?
とはいえ、馬でもなければ鹿でもなく、多分コイツは牛系の何かなんだろう。牛っぽく緩やかに弧を描く角が、天に向かって頭の両側面から生えてるから。
まぁ、この角はなんかカッコイイけどな。じっちゃんの持ってた文献に出てくる『ナントカ超人』っぽくて。
……いや、ワザワザ超えるまでもなく、人じゃないんだけどさ。
「えっと……誰くん?」
「ちょっと箕面さん? どういう意味ですのっ?」
苦笑を見せる牛男――箕面の近くに移動して、羅魅亜が机を叩く。彼女は本気で怒っているようだ。
「別にぃ〜? 言葉通りだぜ? なんせオマエ……」
「あ〜あ〜、ケンカはやめてくれ。俺は気にしないから」
空気に耐え切れず、立ち上がりながらに俺がそう言うと、箕面が苦笑してみせた。
刹那。
「まぁ、黎さんたら……っ! なんて気遣いのできる方なんですのっ?」
感激したように瞳を潤ませて、羅魅亜が振り返る。そして、彼女は俺の周囲をグルグルと回り始めた。
「はは……羅魅亜、身軽なんだなぁ……って!」
それに気付いたとき、俺は初めて箕面の言葉に納得した。うん、確かに絡まれてる。物理的に、羅魅亜の蛇みたいな長い胴体で。
「くすっ……愛しいお方。もう離しませんことよ?」
ウインクと共に、軽くキスを投げてくる羅魅亜。ブレザーと共に穿いているスカートに、一体なんの意味があるというのか。
「いや、頼むから放してください……」
男泣きしながら俺は懇願してみた。と、そんな時。
「そこまでにしなさい? もう一限目が始まるわ」
不意に、そう言って傍で羅魅亜を睨みつけた者がいた。いつの間にやらホームルームが終わっていたようで、気が付くと春菜先生の姿も無い。
羅魅亜もまた、その相手に不機嫌な眼差しを向ける。
「なんですの? リーユン・エルフ。邪魔しないで下さいまし」
「学級委員長としては、クラスメイトに真面目に授業を受けさせる義務があるのよ。あなただって知ってるでしょう? 羅魅亜・ル=クレール」
「……フン。春菜先生の娘だからって、調子に乗って……」
面白くなさそうに言い捨てて、そっぽを向く羅魅亜。しかし、あくまでも俺を放す気は無い様子だ。
すると、そんな羅魅亜の態度を見たからか、リーユンは俺に視線を向けて口を開いた。
「黎九郎、羅魅亜の胸なら触ってもいいわよ」
俺の意表をつく、そんな一言が耳に届く。
「あ、え? いいの?」
(散々ヘンタイとか言ってたクセに……人によってはオッケーだったりしちゃうってコトか?)
訝しみながら、俺は傍らの羅魅亜の胸に触ってみる。
――ふに。
うん、確かにコイツは女らしい。春菜先生ほどじゃないが、なかなかの触り心地だ。しかしまぁ、なんだろうね? この、本能を直撃する柔らかさは。
すると、
「きゃっ!」
思わず、といった様子で羅魅亜は後ずさり、俺を解放したのだった。
「……分かった? こういうヤツなのよ黎九郎は。だから、あんまり悪ふざけしないで。普段『ぼえ〜っ』としてても、いつ凶暴化するか分からないわよ?」
相変わらず淡々と、そしてクールにリーユンが言葉を発する。
ようやく分かってきたことだが、リーユンは、特に俺だけを睨んでいるという訳でもない様だ。ただ、感情を見せないその眼差しが、無機的な冷たさを感じさせているだけの話。
その証拠に、羅魅亜を見据える時の眼差しも、俺を見るときと変わらない。
つか、なに俺? ひょっとして珍獣扱い?
リーユンのあんまりな物言いに、俺は胸中で男泣きを始めた。
「……無垢な方なんですのね。分かりましたわ、性急な誘惑はやめておきます。けれど……リーユン、貴女の言葉に従う訳ではありませんことよ?」
「どっちでもいいわ。もう授業が始まるから……黎九郎も、あんまり騒がないで」
最後にじっと俺の顔を見詰めて、リーユンは自分の席――入口側、前から三番目の席へと戻っていった。
「……フン」
不愉快そうに鼻を鳴らし、羅魅亜もまた、自分の席へと戻って行く。
「……相変わらず愛嬌のねぇ女だなぁ、アイツ……」
ふと、箕面の呟きが耳に届いた。
「前からあんななのか? リーユンて」
苦笑している箕面にそう問うてみる。
「まぁな、誰にでもあんな感じだ。……っと、まだ名乗ってなかったな。俺は箕面雄太郎だ」
「んじゃ、ミノって呼ぶぜ?」
ニカっと快活に笑って見せる箕面に、俺も笑顔を返した。
「……出来れば、下の名前で呼んでくんねーか?」
「なんで? 美味そうでいいじゃん」
「だからだよ。頼むからカジんなよ? ただでさえ、そういう奴がこのクラスにいんだからよ」
ウンザリ、といった様子で眉間にシワを寄せるミノに、羅魅亜が口を挟む。
「ふふっ、さっきちょっと来てましたわね? 何せ、不登校児やら問題児の多いクラスですもの、ここは」
「あ〜……そうなんだ〜……へぇ〜……」
あのコがミノの天敵なワケな。