魔物達の学園都市
◆ ◆ ◆
「東郷黎九郎、リーユン・エルフ入りま〜す」
ノックをして、二人分名を告げると同時に学園長室に入る。
と、そこには、学園長と春菜先生の他に、見覚えのある吸血鬼の姿が在った。そうそう、ヴラド公の付き人やってる吸血鬼だ。
「改めてご挨拶申し上げます。私、ヴラド公の侍従を務めております、ウント・エコネンと申します」
「あ、はぁ、メッチャ環境に優しそうな名前ッスね……東郷黎九郎ッス」
「れ、黎くん……」
俺が一礼すると、春菜先生が苦笑を見せた。
――ウントさんはフィンランド系。シャレでもなんでもなくて、本当にある名前よ――
唖然とする俺に、リーユンがそう説明をしてくれる。世界は広いと思った瞬間だった。
と、そんな様子を楽しげに眺めていた学園長が、不意に口を開く。
「さて、体力も回復しただろうし、こうして学校に出てきた君たち二人にだね、エコネン氏はヴラド公からの言葉を伝えに来たのだよ」
「は、はぁ、伝言ッスか……どうせ、なんかムチャぶりされるんでしょ?」
俺は警戒感を隠すことなくそう言った。
HEEPキャノンの直撃こそ防げたものの、先日の件で何もお咎めなしというのもありえない話だ。俺はできるかぎりリーユンを庇うつもりでいるが、それにも限界はある。
だが、そんな俺の警戒感など丸無視で、学園長はエコネン氏に頷いてみせた。
エコネン氏もまた頷き返すと、一通の書簡を仰々しく広げて見せる。
「では、レイクロー・トーゴー卿。ここから先は、我が主、ヴラド・フォン・ヴァンシュタイン公のお言葉としてお聞きください」
ひとこと断りを入れ、内容を読み進めていくウント。その内容は俺にとって驚くべきものだった。
一つは、俺への褒賞。
例のアーウェル戦で俺が得た騎士勲爵、花嫁の春菜先生、そして、リーユンの命の件だ。
だが、驚いたのはそこじゃない。その次だった。
「此度、学園都市を救わんと奮闘した貴殿の働きに感謝し、貴殿に以下の役職ならびに権利を与えんとするものなり」
俺に新たに与えられたもの、それは――
「一つ、学園都市並びに、当都市が統括する地域の統治権と、その為の総督に任ずる」
「……は?」
思わず、俺は目を点にした。
表現だけの話じゃない。大マジで点になってる気がする。ウーパールーパーか俺は? ってくらいに。
つか、総督って、たぶん市長とかよりも偉い人デスよね?
「いやいやいや、俺まだ学生だし、魔物じゃないって知ってるッスよね?」
「ヴラド公の言葉は絶対であり、ツヴァイハーであろうと人間であろうと、魔物社会に暮らす以上は、拒否権は貴殿にはありません」
エコな人、即答。
俺はといえば、ウーパー貌が、なんだかデフォになりつつある予感。
「二つ目は、もう一人の令嬢との婚約」
重ねられたその言葉が、俺のウーパー貌を決定的なものにした。
「マジでっ?」
俺は、あるイミ死を覚悟した。
まずは、春菜先生を見てみる。先生確か、浮気は許さないとかなんとか言ってたハズだ。
すると、
「まぁ、仕方ありませんなぁ、これは浮気やのうて、二人目との『結婚』どすさかいに」
春菜先生、意外と平気なカンジで容認していらっしゃるご様子。
だったら最大の懸念はといえば。
俺は、傍らを見た。
……やっぱり。
目尻に涙を滲ませ、恨みがましい眼差しで、リーユンが俺を見ている。
「いや、だってよ、仕方ないじゃん、俺だって好き好んで重婚したいわけじゃないし……」
俺こそ泣きたくなりながら、弁解を試みる。が、
「あら、黎くん男らしないえ? 好きになってもらえへんやなんて、そんなん、そのコが可哀想やわ」
「ちょ! 先生までっ?」
状況が分かっているのかいないのか、はたまた天然ボケなのか、春菜先生の言葉とリーユンの視線が痛い。
すると、最後の追い打ちが、エコな人から告げられた。
「二人目の婚約者は、春菜・フォン・ヴァンシュタイン公女殿下の御息女、リーユン・エルフ様となります」
『……へ?』
マヌケな声が、俺とリーユンの口からこぼれた。
「やるなぁ、黎九郎くん、親子どんぶりとは」
ふと耳に届いたその言葉に振り向けば、あの学園長が意味深にニヤついている。
ちくしょう、このハゲ楽しんでやがるな? つか、親子どんぶりってなんスか? 俺、牛丼のが好きなんだけど。
なんて思っていると、きゅっ、と、誰かに袖を引かれた。
視線を移すと、それはリーユンだ。
「……黎九郎……私に、傍にいて欲しいって……言ってくれたよね?」
「あ……う、うん。確かに……言った」
不安気に見詰めてくるリーユンの眼差しを見据えながら、俺は操られるようにそう返す。
刹那、不安の色を載せていたリーユンの瞳が、華やいだ彩りに変わった。
「あら、黎くん、ウチにはそないな事言うてくれへんかったのに。ずるいわぁ」
俺がリーユンの瞳から目を離せないでいると、そんなからかうような声が届いた。
「あ、いやその、ええっと、せ、先生にも傍に居て欲しいです!」
「きゃっ! 嬉しっ!」
俺の右腕に抱きついてくる春菜先生。
「ああっ? だ、ダメっ!」
母に負けじと俺の左腕に抱きついてくるリーユン。
「いでででで……」
吸血鬼とハイ・ヒューマンに両腕を引っ張られ、牛牽きの刑をかけられる俺。
つか、仲いいのか悪いのか分かんねぇな、この母娘。
「あいや、そこで腕を離した方がまことの母親」
大真面目な貌で大岡裁きを始めたのは、俺の嫁達たちの祖父で曽祖父だったりとか。
つかちょっとまて? いやいやいや、嫁じゃなくて母親なのかよ?
……とまぁ、ムチャぶりされると思っていたのが、こんなオチだったりしたワケで。
「そやったら、ここは譲りますけど、ウチ今夜、黎くんのお部屋にお泊りしますさかい」
「ダ、ダメ〜っ! それなら私も一緒に泊まる!」
おお〜い、どんな話になってんだよ?
冷や汗を感じつつも、狭い俺の部屋の中で、三人一緒に川の字になって寝るという不可解な想像は、俺の理解を超えていた。それの何が楽しいのかさっぱり分からんのだが。
……母子ゴッコってこと?
まぁ、そんなこんなで、俺達はまた平和な日々を取り戻した――らしい。多分。
とか思った俺は、その直後に己の甘さを思い知った。
「なお、統治者たる総督の特典といたしまして、お二人の御婚約者の他、お好みでそれ以上の女性との交際、結婚も自由となります。つまり平たく言うと、無制限という事ですな」
『……は?』
エコの人の言動に、俺とリーユン、それから春菜先生がフリーズする。
「んん〜、まぁ、そういう人だったねぇ、父上は。カンッペキに楽しんでおいでだ」
スジ目で何度も頷きながら、学園長がしみじみとそう言った。
「黎くんっ?」
「黎九郎っ?」
俺の襟首を、半分ずつ締め上げてくる母娘で嫁たち。
『浮気なんかしたら――』
「許さないんだから!」
「許しませんえっ?」
ああ、怒った貌は、なんか似てるよな〜、とか、息が止まりそうになりながら思ってみる。で、多分、というか十中八九、結婚したら尻に敷かれるんだろうな〜、とも。
まぁ、ヴラド公の思惑は、分かっちゃってるんだよね。