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魔物達の学園都市

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    ◆ ◆ ◆

「リー、ユン……た、のむ……リーユ……ン……」
『声』が告げた事実に、俺はもはや、リーユンの名を呼ぶ事だけしかできなくなっていた。
 今回の惨劇を呼んだのは、リーユンじゃなかった。もしも俺が地上に出ていなければ、リーユンが苦しむことも、ハイ・ヒューマンとして魔物の敵対者となる事もなかったのだ。
 俺が、俺こそが、リーユンを変えてしまった。
 重苦しいその事実が、俺から思考能力を奪い去ってしまっていた。
「バレルフィールド内、素粒子加速開始……」
 次々と、無感情に進んでいく発射シークェンス。これが発射されたなら、一体どれだけの被害が出るだろうか。
 いや、物理的な被害だけじゃない。俺はここにきて、別な被害を想定している。
 それは、これが発射されれば、『リーユンの居場所』が完全に消失してしまうという事。
 決定的に魔物達の敵と見なされ、例えここを生き抜いたとしても、魔物と人類――いや、魔物とリーユンとの果てしない戦争に発展してしまう。
 ……せめて……ちょっとした隙でもあれば……。
 今、武則天はリーユンの能力とC一八のバックアップにより、俺から殆どの権限を取り返している。せめてリーユンの気がそれれば、あるいは逆転できるかも知れないのに。
 だが、そんな微かな望みは――
「HEEPキャノン、照射開始」
――あっさりと消失した。
 再度の閃光がコックピット内を明るく照らす。
 霞む視界が、今度は歪んでいく。
 ……ちくしょう、俺は……なにやってんだよ俺は!
 自分の不甲斐なさに、情けなさに、涙が滲んだ。
 その時だった。
「小僧! 何をしておる!」
 閃光の向こうから、大気を震わせて声が響いた。
 それに弾かれるように、俺は背後を返り見やる。
 次第に減衰していくビーム。それが消えたとき、俺は、そこに信じられないものを見た。
「さっさと何とかせんかぁ! 小僧おおおっ! モタモタしておると、この儂がそのガラクタごと消し去ってくれるぞ!」
 俺は、思わずスジ目になった。アンタいったいナニやったんスか今!
 俺の目の前に居るのは、昨日のアーウェルとの一戦で暴走した時に、一瞬だけ見た若いヴラド公だ。
 いったい何が起こったというのか。いや、現実をそのまま説明するなら、ヴラド公はなんらかの方法で粒子ビームを『かき消した』のだ。
 そして、不意にそれに気付く。
『ヤツ』までもがあまりに驚いたのだろう。俺の首を縛めるリーユンの手が緩んでいた。
 今だ!
 俺はもう一度ハッキングを始めた。再び、武則天の中の勢力図が塗り変わっていく。
 それと同時に、今度は春菜先生とウズメの姿が、ホログラムとしてコックピットに出現した。
「リーユン! 戻ってきなさいリーユン! ウチ――お母はん、待ってるから!」
「黎九郎! さっきハッキングした時に、なんであたしを呼ばないの!」
 俺の中に、様々な情報が流れ込んでくる。
 ハッキングしきれていないリニアガンが咆哮し、オレンジ色の砲弾が学園へと飛翔する。
 だが、それを身の丈以上もある鉄棒で打ち返すヤツがいる。
 天を衝く側頭部の角。ミノのヤツだとすぐに気づいた。
 その少し離れた場所で、超高圧の水流を幾本も発射して、砲弾を迎撃している優美な長い姿がある。
 羅魅亜・ル=クレールに他ならない。
 そんな二人の間を跳ね回り、ついに直撃を受けて五体が飛散したヤツもいる。
 三角帽子のアイツだが、まぁ、これは見なかったことにしよう。
 俺の首には、まだリーユンの手が添えられている。だが、その手には既に力はなかった。
「ははっ……楽しいな、リーユン」
 俺の居場所は、もうあの学園都市にしか無い。そして、リーユンもまた。
「ごめん、ごめんね、黎九郎。私、だけど……」
 リーユンの双眸から、再び煌き落ちていく二筋の涙。
「戻りたい、戻りたいよ、みんなの所に……お母さんの所に……」
 胸の内を紡ぎながら、しかし、リーユンを呪縛して離さない存在がある。
 抗うリーユンの意志をねじ曲げ、再び俺の首を絞めにかかるあの存在。
 武則天を掌握しても、リーユンまでを掌握できない。特殊な通信プロトコルを使っているC一八のコントロールをハッキングするのは容易ではない。
 なら。
 俺は武則天に残されたデータから、C一八の座標と構造を脳裏に描いた。
 地下都市C一八の全てを司る中枢部が、その最下層にある。
「……あのさ、母さん」
 俺は、管理AIではなく、自身の母親としてウズメを呼んだ。
「分かってる。アンタの思うようにしなさい。それがあたしの意志でもあるんだから」
「全部お見通しってワケだ……だったらさ、最後にこれだけ……」
 俺は、ほんの少しの間だけ、両目を閉じた。
 IEDに表示される、ウズメとの思い出がそこにある。
 俺は再び目を見開き、そんな彼女に――お袋に向けて、口を開いた。
「俺を産んでくれて、ありがとう」
 笑ってみせた俺の目の前で、ウズメもまたホログラムの姿を、その顔を微笑みで包んだ。
「元気でね。病気なんかするんじゃないわよ? これからは、あたしのバックアップはないんだからね? あと、あと……まぁ、いいか。それじゃね、黎九郎……」
 言って、ホログラムは俺の額にキスをした。
 触れることのない、ただ形だけのキス。でもそこには、確かに母の温もりがある気がした。
 最後にもう一度、目の前で微笑んで、ウズメは姿を消した。
 俺はすぐさま武則天を操り、今度は自分の意思でHEEPキャノンの発射シークェンスを始める。

 高エネルギー素粒子集積開始。

「……なにを……する気だ……」
 不意に、リーユンの顔が泣き濡れたままで疑念の色に染まっていく。

 バレルフィールド内、素粒子加速開始。

「……まさか貴様……やめろ!」
 そこまで進んで、『奴ら』はようやく気づいたようだった。
「ああ、そのまさかだと思うぜ?」

 武則天の前面に、最後のゲートが出現した。
 その先に見えるのは、地上の密林。
 C一八と呼ばれる地下都市を、真上から見下ろしているという訳だ。
「もう消えろ、愚者の亡霊。地上はもう、お前たち人類の世界じゃないんだよ」

 HEEPキャノン、照射開始。

 その時、学園都市の遥か西方で、一筋の光の柱が立ち昇った。
 学園都市のどこにいても見えたであろうその光。
 C一八の中央を穿ち、中枢を貫き、巨大な縦孔を大地に残したそれは、同時に一人の少女を呪縛から解き放った。
 俺の首に添えられていた両手が、次第に俺の胴に下がっていく。
「……ごめんなさい」
 俺の胸に顔を埋めながら、リーユンは開口一番にそう言った。
 安堵から、俺もまた力が抜けかける。
 だが、まだあと一つだけ、やらなければならない事もあった。
「リーユンは悪くない。それでも謝りたいなら、相手は俺じゃない。それに、それはまだ先だ」
 言って、俺はリーユンの両肩に手を添えて、彼女の顔を見据えた。
 涙に濡れたリーユンの顔。可愛らしいその顔に微笑みを宿してくれないものかと思ったが、まぁ、ここはまだ我慢だ。
 俺は武則天を学園都市北方の海へと向けた。
作品名:魔物達の学園都市 作家名:山下しんか