魔物達の学園都市
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地下都市の暗いコントロール・ルームの中で、春菜・フォン・ヴァンシュタインは、悲痛な面持ちで状況を見守っていた。
ホログラムスクリーンに映し出されているのは、いま現在、タケミナカタが送ってくる映像だ。
「リーユン……黎くん……」
それは、まるで神に対する祈りの所作。春菜は胸元で手を固く組み、固唾を飲んで様子を見詰めていた。
「……先生?」
不意に、ウズメが呼びかけてくる。
「はっ、はいっ?」
弾かれたように目を開ける春菜の正面に、ホログラムで形成された一人の乙女の姿が在った。彼女は、それまで会話をしていた黎九郎の母――ウズメの声と連動して表情を変えていく。
ショートカットで、シャツとジーンズを穿いたラフな姿。気取ったところなど少しもない。
しかしそうであっても、その面差しは慈愛に満ち溢れているように、春菜には思えた。
「娘さん……リーユンちゃんが心配?」
からかうような笑顔で、乙女――ウズメは問いかけてくる。
だが、春菜もまた彼女の顔を一目見て、笑顔を向けた。自信に満ちた、母親の貌で。
「もちろんどす。あの子は――リーユンは、ウチの命どすから」
「あら奇遇、実はあたしも黎九郎がそうなのよね〜」
「気ぃ合いますなぁ」
クスクスと、笑い合う。が、刹那に春菜は貌を曇らせた。
「そやけど……ウチ、自分が怖い……」
どこか遠くを見詰めるように、焦点の合わない眼差しで虚空を見詰める。
「リーユンが戻ってきてくれるんやったら……学園都市なんてどないなってもええて……どっかで、そう考えてる自分がいるんどす……」
そんな春菜の言葉に、ウズメが苦笑を浮かべる。
「あら、またまた奇遇。実はあたしも、黎九郎が覚醒する直前に、死んで周囲の人の美しい思い出になるか、生きて周囲に迷惑かけまくるか、選択迫ったんですよ」
「は……はぁ」
実は、の後に続いたウズメの言葉に、春菜は呆気に取られた。
「そしたらあの子、「生きて後悔してやる」って言って……あたし、死ぬほど嬉しかったのよね。その場にいた先生方、皆殺しにされる可能性が高かったのに……まぁ、バカ親ですよ」
「れっ、黎くんはそないなことしません! 親のあなたがそんな事でどないしはりますの!」
思わず、春菜はウズメを睨みつけていた。
が、そんな春菜の態度を待っていたかのように、ウズメが快活な笑顔を見せる。
「先生、いい人ね……て、いい吸血鬼か。あなたには感謝してるんですよ? 黎九郎が罪を――ううん、あなた方を殺して、心に傷を負う事を止めてくださったから。だから――」
不意に言葉を区切ったウズメ。その先が、春菜は気にかかった。
「ね、先生、リーユンちゃんと黎九郎、どっちが大事?」
突然の質問に、春菜は目を丸くした。年甲斐もなく、頬が熱くなってくる。
春菜にとって黎九郎は、初めて本気で心惹かれた存在なのだ。
「そ、その……リーユンは、ウチがこのお腹で育てた子どすし……一番なんは変わりませんけど……そやけど、ウチ、男の子……いうか、男はん好きんなったんも、実は初めてで……まだ未婚どすし……その……」
もじもじと、胸元で両手の指先を絡める春菜。
そんな春菜の様子に、今度はウズメが糸目で口を開く。
「……まさか先生……リーユンちゃん産んだの、帝王切開だったりとか……?」
「初産どしたし、ウチ吸血鬼やし、通常分娩やと、あの子にどないな影響出るか予想付かへんどしたさかいに……いややわ、ウチお腹痛めたて、大見得切ってしもて……」
奇妙な沈黙が、一頻りこの場を満たす。
「え〜……じゃあ……先生って、実質……?」
「ま、まぁその、そういう事……どすなぁ……」
春菜とウズメ、双方共に、頬を染めて糸目を向けた。
再び、奇妙な沈黙が流れ出す。
と――
「こりゃ大変だわ、黎九郎。春菜先生とリーユンちゃん、二人の乙女に挟まれて」
「あ〜、どないしょ〜……ウチ、黎くん初めてのヒトなんやわぁ〜、言われるまで気付かへんかったわぁ〜……」
他人に言われるまで完全に失念していた事実に気付き、春菜は満面を上気させて、所在なく室内をウロウロし始める。
「あ〜、いや先生? 落ち着いて? いまそんな事してる時じゃないでしょ?」
耳に届いたウズメの言葉に、春菜が視線を戻すと、そこには苦笑を見せるウズメの貌が在る。
「え〜、重ね重ね、ほんまにお見苦しいところを……」
「いえいえ」
二人、同時に頭を垂れた。
「で、先生。実はね〜、黎九郎には言わなかったんだけど、ちょっと旗色悪いのよね」
ふと大真面目な顔つきになったウズメの様子に、春菜は思わず息を呑んだ。
武則天の前面に搭載されている大量破壊兵器『HEEPキャノン』。高エネルギー粒子を集積し、加速して発射する、いわゆる『ビーム兵器』だが、現在それを防御している亜空間転移ゲートの生成には、莫大なエネルギーを消費するという。
武則天のエネルギー残量が不明であり、かつゲートの消費エネルギー量は概算でHEEPキャノン一発分をはるかに超えている現状では、戦闘が長引けばそれだけ不利になる。
「最悪の場合、学園都市が壊滅した上で、リーユンちゃんも黎九郎も生存は望めない。でも、できるだけあの子達には、未来を掴み取る時間を作ってあげたいの。良くも悪くも、あの子たちは人類の血を受け継ぐ者だから。だから、先生……一つだけお願いしてもいいですか?」
ウズメの真摯な眼差しに、春菜は頷く以外の選択肢を見つけられなかった。