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魔物達の学園都市

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 脳裏でそう命令すると同時に、俺の脳裏に各種データが送られてくる。
 刹那、イマイチ良く分からない吸血鬼という存在の、その詳細が俺の中に送られてくる。
 太陽や十字架、流れる水、ニンニクという弱点。だがそれらの項目は当てにならない。
 文献によって違うそんな内容ではなく、本当に確かな事は、やはり俺が経験した事だ。驚異的な身体能力と、そして、血を吸うというその特殊な能力。
 だが――
 どこか寂しげに、春菜は微笑んでみせた。
「先日は、ごめんなさい」
 言って、春菜は頭を垂れる。俺は思わず唖然としてしまった。
 ひとしきり頭を下げた彼女がその顔を上げると、そこには当惑が浮かんでいた。
「ウチ、その……急にあないな事されて、動転してしもて……堪忍……してもらえへんどすやろか?」
 一度視線を外し、その上で遠慮がちにちらちらと俺の顔色を覗う春菜の様子に、俺はいつの間にか警戒を解いてしまっていた。
 彼女の様子を見ていると、不意に俺の方こそが悪かったのだと思えてくる。
「あ、いや、えっと……俺の方こそ……その、ごめんなさい……」
 頬を掻きながら、そう言って俺が謝ると、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「おあいこ……やね?」
「あ……そ、そうなるのかな……」
 どう考えても、色々と受けたダメージは俺の方がデカい気がするが、ひとまずここは無視しておく事にする。なにげに和やかな雰囲気だが、俺はまだ確かめていないことがある事に気付いたから。
 今のところ敵意や殺気は感じない。だが、相手の目的も分からないのだ。
「えっと……な、何が目的なんだ? 俺をどうする気だ?」
「黎九郎くん……黎くん、って呼んでもええ?」
「……へ? あ、まぁ、別に構わないけど……」
 緊張感のキの字もない、おっとりとした春菜の言葉に気を削がれながら、そう返事をすると、彼女は不意に真摯な眼差しを俺に向けた。
「黎くん、お父はんとお祖父はん亡うなってはるんやね? もし黎くん一人ぼっちやって、もし良かったら……ウチらと暮らしませんか? もちろん、強制するつもりはありません。遺跡に戻りたかったら、それも自由どす。……どうどすやろか?」
 言葉尻で、俺の反応を覗うように上目遣いをする彼女。その愛嬌のある眼差しを受け止めながら、俺は、
「あ……べ、別に、構わない……けど……」
 そう、答えてしまっていた。
「ほんま? 嬉しいわぁ、ほなさっそく、転入の手続きせなあかんね〜」
 顔の横で手を組みながら微笑む彼女。どうしても何かを企んでいる様には思えない。
 とまぁ、それは一先ず置いといて。しかし俺は、彼女の言葉に不可解な点を見つけた。
「は? 転入? って?」
「はい、ウチ学校の先生してますのえ? 黎くんにも、学校でお勉強してもらいますさかいに。せやからウチの事は、『春菜先生』て呼んでくれはると、嬉しいわぁ〜」
「……は、はぁ、春菜……先生……っスか……」
 意図しない方向に話が進んでいく中、俺が唖然としていると、彼女――春菜先生は立ち上がって俺の手を取った。
「ほな、今日は制服買いに行ってぇ、あ、あと、寮に入ってもらいますさかいに、生活雑貨も買いに行かなねぇ。あとあと〜……」
「教科書と筆記用具も必要だよ、お母さん」
 考え込む『春菜先生』に、傍らに立つリーユンが合いの手を入れてくる。
「うんうん、そやね〜。……ほな黎くん、行きましょか」
 俺の手を引いて歩き出し、病室を出る春菜先生。どうしてか、彼女は実に嬉しそうだ。
「い、いやその、春菜先生?」
「うんうん、学校にお休みの連絡入れなね〜」
 俺の言葉尻を捉え、微笑みを向けてくる春菜先生。つか、そんな事言ってないから俺。
 と、不意に廊下の先の扉を開き、俺と春菜先生、それにリーユンの三人が外に出た時、

 思わず、俺は息を飲んだ。

 ごう、と強い風が入り口から吹きこんでくる。そこはまるで、空中庭園ではないのかと思ってしまうような場所だった。
 見上げれば、輝く蒼穹がどこまでも広がり、植物の緑がそこかしこに床面を彩っている。だがそれでも、その空間が人工物には違いない。そこは明らかに、近代的な高層建築の屋上だ。
「買い物の前に、見てもらわなあかんかなぁ思いまして」
 蒼穹の下、春菜先生が俺とリーユンの手を引いて、フェンスの間際まで歩いて行く。
 ビル風が駆け上ってきて、春菜先生の長いポニーテールと、リーユンのお下げ髪を持ち上げた。
 虹色の光沢を持つ、二人分の長く艶やかな黒髪が優美に舞う。
 だが、その姿に見とれてしまったのもほんの束の間に過ぎなかった。それ以上に俺の目を奪う光景が、フェンスの向こうにはあったから。
 広大な平野を埋めるかのように、遥か向こうに見える海の間際から、近代建築の群が整然と街を形成している。巨大都市と形容できる規模の市街地だ。
 そして、恐らくはその市街地のど真ん中。街路が集まるその中央に、データベースですら見たことのない、ビルの高さを遥かに超える、異様に巨大な一本の樹がある。
 それは八方に枝葉を延ばし、まるで、その根本に在る何か大切な物を、風雨や陽光から護っているかのように思えた。
「これは……いったい誰が……それに、あんなバカデカい樹……」
 自問にほど近い俺の呟き。この風景が、風化した千年以上も昔の都市のものであったなら、俺は納得したかも知れない。だが、いま目の前に広がる光景は、そんなものではない事は明らかだ。
 植物の緑をふんだんに配置した、見事なまでの都市設計。どの建物も近代的で、洗練されたデザインでありながら、どこか人間的な温かみを感じさせる。
 幾重にも描かれた同心円の街路と、八方に延びていく大通。
 シンメトリーを基本とした幾何学的な美しさの中に、あの巨大樹を始めとした、所々それを裏切るフラクタルな荘厳さをも内包している。
 知らず、俺は自身の口元が驚愕で歪んでいることに気付いた。
 そんな俺の驚きを見てか、言葉数の少ないリーユンが、不意に俺の顔を横目で見詰めた。だが、俺と視線が合うと、まるで何かを誤魔化すかのように視線を戻し、淡々とした口調で話し始めるのだった。
「あの大樹は『霊樹イルミンスール』。あの樹の土台と幹は、最高権力者ヴラド・フォン・ヴァンシュタイン公の居城になってるの」
「……あ、そ、そうなんだ……」
 リーユンの解説を聞いたところで、ヴラドっつーのが何モンなのかもワカラナイ。最高権力者って、市長みたいなもんだろうか? それとも大統領とか総理大臣みたいなもん?
 つか俺は、あの異常なまでにデカい樹の正体を知りたかったんだが。
 当惑する俺の顔を一瞥して、今度は春菜先生が俺の視線をフェンスの向こうへと促すと、彼女もまた、どこか誇らしげに口を開いた。
「この街――ここは、ウチら魔物が百年を費やして造った、魔物達の学園都市。それから、今日から黎くんが暮らす街どす。名を、アルカディア――て、言います」
「……アル……カディア……」
 その名は、データベースで検索する事もなく俺も知っている。古い文献に残る、理想郷を意味する名だ。
「よろしゅう、黎くん。これからの毎日は、キミにとっても、きっと楽しなるて思いますえ?」
作品名:魔物達の学園都市 作家名:山下しんか