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魔物達の学園都市

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    ◆ ◆ ◆

 遥か彼方まで広がりゆく蒼穹。遠く霞む夏の雲と、撫でて過ぎ行く強い風。
 その只中に、目指す武則天の姿が在った。
 形状はウズメがホログラフで見せた通り。だが、実物はそれよりも異様な存在感と威圧感を伴っている。
「リーユン! リーユン応えてくれ! 俺の声が聞こえてないのかっ?」
 武則天の前方五千メートルで、俺は無線、光信号、外部スピーカーと、あらゆる手段で呼びかけた。
「リーユン俺だ! 黎九郎だ! そんな物騒なもんから出てこいよ! 一緒に帰ろうぜ? な?」
 必死に呼びかけるが返答がない。そうしている内に、武則天はほどなく様子を変えた。前面に大きく開口した――文字通りに巨大な口のような大孔。そこに、黒い球体が現出したのだ。
(黎九郎! 気を付けて! 高エネルギー粒子を集積してるわ! この反応は――)
 開口部奥に現出した漆黒の球体は、見る間にその大きさを増し、それは大孔――エネルギー兵器の砲口を満たしていく。
(――HEEPキャノン! 退避しなさい黎九郎!)
 ウズメの叫びが脳裏に響く。だが、俺には分かっていた。武則天が狙うもの、それは俺ではなく、あの学園都市に他ならない。
(ウズメ! 座標を転送する! 亜空間ゲート生成!)
 俺は瞬時にビームが到達するであろう地点の座標をウズメに送る。HEEPキャノンとは、光速の二千分の一程度まで加速された高エネルギー粒子ビームだ。破壊力は口径に比例し、武則天のものであれば、数発で学園都市全域を焼き尽くすことが出来るはずだ。だが、まだ三百キロメートルほど距離のある現状なら、俺がウズメに指示したもので防ぐことが出来る。
 学園都市の近くに現れた、円盤状の『亜空間ゲート』。それは、その入口側に到達したものを、空間を歪めて出口側の同様のゲートより射出する為のものだ。
 だから――
 その時、遥か上空で、ビームの淡いオレンジ色の光が、宇宙空間に放出されるのが見えた。
(ウズメ! 再チャージまでの時間を計測して、発射に合わせて学園都市を防御してくれ!)
(了解!)
 そうウズメが返答した時だった。
 不意に、俺のIEDにリーユンの顔が映った。
 ……マズいな。
 俺は彼女の貌を見て、焦りを覚えた。
 見慣れない、身体のラインを強調するかのような耐Gスーツに身を包み、あのメガネを外したその顔。紛れもないリーユンのその顔が、虚ろな眼差しと相まって、どこか無機的な機械のように見える。
「黎九郎……私の邪魔しないで……魔物は……滅ぼさなきゃならないの……人類の為に……」
 まるで、誰かに『言わされている』かのような、辿々しい物言い。それが、リーユンの全てを表している気がした。
(ウズメ! どういう事だよこれっ? リーユン、マインドコントロール受けてるんじゃないのかっ?)
 焦りの滲む俺の問いに、しかしウズメは冷静だ。
(ちょっと違うわね。その状態がハイ・ヒューマンの本来の姿なのよ、黎九郎。むしろ、ハイ・ヒューマン計画から逸脱してるのは、アンタの方なの。人類が、『自分たちより優れた種』に、手綱を付けないと思う?)
(手綱ってなんだよ!)
 冷徹なウズメの口調。それに対する憤りが喉元まで出かける。だが――
 俺は、ここまで俺の中に入ってきた地下都市の情報を知っている。
 ハイ・ヒューマン計画は、文字通り人類の高位種を創造する計画だった。遺伝子的に旧人類と互換を持つハイ・ヒューマンは、誰か一人でも人類が生き残れば、その誰かと交配するという使命も帯びていた。だから、本来は『自我』を持たないようにされていたのだ。
 俺も……製造された地下都市が違ってたなら、リーユンみたいになってたって事か……。
(何としてでも、リーユンちゃんを助けなさい、黎九郎。あの子を、私たち旧人類の過ちにしないで……お願い)
 悲痛なウズメの告白に、俺は歯噛みした。今この世界に生きている誰もが、こんな事を望んじゃいないのに、どうしてこうなってしまったのか。
「リーユン! 目を覚ませよ! 俺の声が聞こえてるんだろっ?」
 再びHEEPキャノンのチャージが始まる。漆黒の球体が砲口に形成されていく。
「……不思議だ……お前は吸血鬼との戦闘を行い、プランBの最後の要素を補完してくれた。だが、高位人類の雄性体のお前が何故、その一方でマインドコントロールから逸脱している?」
 そう告げるリーユンの口調は、もはや彼女のものではなかった。
「……誰だお前……?」
「我らが娘、麗雲十一号の生みの親だよ。今はC一八の管理AIとして記憶が残るのみだがね」
(やれやれ、みんな考えることは同じなんだね)
 溜息と共に、ウズメが呆れたような声で言う。
(仕方ない、黎九郎。武則天のコントロールエリアがおよそ特定できたから、あとは――)
(ああ、分かった)
 ウズメの言葉を全て聞く前に、俺は携行してきたリニアランチャーを構えた。
 魔物として敵対したアーウェルにすら感じなかった憤りを、いま俺はコイツ――リーユンの親だと名乗るヤツに対して感じている。
 IEDに、武則天の頂上部の一部分が、オレンジ色のラインで強調される。
 ここからは――
「行くぜ! リーユンは力づくで貰ってく!」
「そう来るというなら、消去するまでだ。異端者め」
 刹那、俺――タケミナカタ目がけて武則天の上部リニアガン全てが砲口を向ける。
 HEEPキャノンとは別種の、少質量実体弾を亜光速まで加速して発射する兵器。発射されれば回避するヒマはない。そんな兵器が、一斉に弾丸を発射した。
 タケミナカタに殺到する砲弾。一、二発程度ならリアクティヴアーマーで受け止められるだろう。が、そんな生易しい数ではない。
 しかし次の瞬間、タケミナカタはそれよりも速く、遥か高みに移動した。
「……いけね、まだ慣れないな。勢い余って宇宙に出ちまった」
 俺の視線の先に、それまで巨大に見えていた武則天が、今はまるで米粒よりも小さく見える。
 俺は再びタケミナカタを地上へと向けた。
 TS―00。この汎用人型デバイスは、光速の六十四倍まで瞬時に加速する事ができる。だから、どんな兵器もこの機械の巨人には通用しない。その移動を第三者が見たならば、まるで瞬間移動でもしている様に見えることだろう。
「さて……」
 リニアランチャーの射程距離にまで接近し、俺は改めて武則天を見る。
 巨大なその体躯は分厚い装甲部材に覆われ、刺のようなリニアガンが無数に立ち並んでいる。
 それでも、タケミナカタの総力を集めれば、装甲の一部を穿つ事は出来るかも知れない。
 俺はリニアランチャーのトリガーを絞った。
 刹那、亜光速に加速された形成炸薬弾が飛翔し、武則天の装甲表面で爆発した。
 だが、その爆風は、まるで氷の上を滑るかのように、装甲表面に広がり消えていく。
 十センチメートルの装甲を貫徹できるハズの爆発力。しかしそれは、武則天に全く通用してはいなかった。
 ……やっぱりな。
 今の爆発で判明したのは、武則天の装甲が特殊なものであるという事だ。
(リィアーマーね。大型ジェネレーターを積んでるなら、当然の選択だけど)
 ウズメの言葉に、俺もまた頷く。
作品名:魔物達の学園都市 作家名:山下しんか