魔物達の学園都市
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ウズメに誘われた、この地下都市のコントロールルーム。
俺と春菜先生は、室内中央の大型ホログラムスクリーンに映し出された映像で、現在進行している状況の説明を受けていた。
ホログラムは三つ。一つは現在この地域へ――正確には学園都市に向かって飛行している物体を、地下都市の外部カメラが捉えたリアルタイム映像。
もう一つは、昨夜学園都市を飛び立った、リーユンが操縦していると思われる一人乗りライトプレーンの録画映像。
そして最後には、飛行物体を解析した、いま現在知りうる限りの情報。
物体は全長三〇〇メートル、全幅一三三メートル、全高一六二メートルという巨大なものだ。
まるでマッコウクジラの尾ビレを切り落としたかのような形状をしているその胴体の下部には、左右九対、計十八本の、オールみたいな棒状の可動式装置がついている。
そして、前面やや下方に見える直系二〇メートルの孔と、全体を覆う、三メートルくらいの長さの針のような構造物。
「……武則天?」
俺は、その物体の横腹にデカデカと描かれている三文字――の漢字をそう読んだ。
それはまるで、巨大な筆の名人が一息に書き上げたような見事な字体だ。
「……これが……」
不意に春菜先生の顔色が、青ざめたものに変わった。
「あら、先生知ってらっしゃるの?」
そんなウズメの問いに、春菜先生が小さく頷く。
「リーユンを見つけた遺跡で、ツヴァイハーの情報と一緒に発見されたものの中に、極秘扱いで何重ものセキュリティをかけられていたデータがあったんどす……その解析は未だに進んでへんのどすけど、その名前と……『HH専用殲滅兵器』いう事だけは……」
「……なるほどね。C一八関連の古い資料と合致するわ。ハイ・ヒューマン計画と連動する、超弩級移動要塞建造計画。一応先生には断っておきますけど、当時は魔物に対して使うという発想はなくてですね……って、おんなじ事か」
言い訳じみた事を言いかけたウズメ。だが、その気持ちは俺にも解る気がした。
ハイ・ヒューマンとして覚醒してから、様々な情報が次々と俺の中に蓄積されている。
旧人類が、再び地上世界を得る前提で想定していた事。
それは、一つは荒廃した地上を、衰弱しきった人類に替わって切り拓いていく存在が必要になるだろうということと、もしかすると、人類が地下に潜っている間に、『他の知的生命体が地上を占拠してしまう』可能性。
それはなにも、魔物というファンタジーな存在を前提としていた訳ではない。むしろ、『異星からの来訪者』に対するものだったという訳だ。
つまり、俺やリーユンといったハイ・ヒューマンが人類に背負わされたものとして、『人類のため』に人類の敵と戦い、全ての脅威を排除して、人類を地上に導くという責務があるわけだ。
だからこそ、旧人類よりも強靭で戦闘能力が高く、各種兵器や工作機械などを使いこなすため、生まれながらに各種の機器とリンクできる『マンマシンシステム』の能力を与えられている。
「つまり、俺もリーユンも、人間たちの都合のいい道具として生み出されたってワケだ」
滑稽な真実に、俺は思わず苦笑する。人類のためにと生み出された俺達は、地上に出たその時には、すでに目的を失っていたという訳だ。
「黎くん……」
俺の呟きに、春菜先生が悲しげな貌を見せた。
「生まれてこない方が良かった? 黎九郎」
ふと、ウズメがそう問いかけてくる。
「どっちにしたってね、あたしも、お父さんやお祖父ちゃんも、人類に対してはもう諦めてたの。でも、それでもあたしは黎九郎を産みたかったし、お父さんもお祖父ちゃんも、アンタを精一杯愛したわ。自分たちの生きた証を残したかったって事もあるけど……でも、純粋にアンタが可愛かったのよ。人類の道具じゃなくて、あたし達のたった一人の息子であるアンタがね」
そこまで聞いたとき、俺は、不意に視界が歪んでいる事に気づいた。
AIであるハズの、ウズメの想いや思い出が、俺の中に流れこんでくる。
難産の末に俺を産んで、消耗しきっているはずなのに、産まれたばかりの俺に満面の笑みを向けてくれたウズメ。
だが出産が災いし、体力が戻らないままに合併症を引き起こして、その数日後に母さんは死んでしまった。
俺の成長を見られない無念と、俺という息子を得たという誇りと、そして、なにものにも代え難い、母となった喜びを胸にして。
死の直前に、この地下都市の量子コンピュータに分身を残した母さんは、それ以降『管理AI』として、俺をずっと見守ってきてくれたのだ。
知らず、俺の頬を温かいものが駆け下りていく。
「あ、あれ……? やべ、俺、メッチャ恥ずいじゃん。ちょっ……先生、見ないでくれます?」
気恥ずかしくて、俺は狼狽し、慌ててしまう。
そんな俺は、直後に柔らかな春菜先生の胸に抱き締められていた。
不覚にも、俺はたったそれだけの事で、感情を押し止める事ができなくなってしまった。
「うあ……ぐぅ……親父……じっちゃん……母さん……」
止めようとしても、どうしても止まらない。
そんな俺を、胸元が濡れていくのも構わずに、春菜先生は優しく抱き締めてくれる。
「ウチじゃ代わりにならへんかも知れませんけど。……そやけどお母様の気持ち……ウチにもよう分かります……それが、親いうもんどすから」
俺の頭を撫で付ける、柔らかで優しい手。
暫し、俺は身動きもできずにその感触を味わった。
「泣かせといてなんだけど、そろそろ泣き止みなさい黎九郎。リーユンちゃん、迎えに行くんでしょ?」
少しのあいだ涙を流すと、不意にウズメの声が聞こえた。
「ありがと……先生」
俺は先生の胸から離れ、袖口で頬を拭う。
ウズメの言葉通り、もう泣いてるヒマは無い。俺は、親父やお袋、それにじっちゃんの意志を継ぐ者として、強さを身につけなきゃならないから。
ここから先は、親父の遺言通りに、俺こそが人類の歴史を紡いでいかなくちゃならないから。
「ウズメ! じゃあ、アレを使うんだな?」
俺はウズメにそう問うた。
今の俺には翼が要る。リーユンが待つ、あの空の高みにまで飛ぶために。
「そうね、現状でリーユンちゃんの所まで辿り着くには、アレを使うしかない。だけどその前に黎九郎、一つ答えなさい。アンタの答によっては、アレを破棄しなければならない」
ウズメの言葉に、俺は一瞬息を呑んだ。それは、俺が間違えればリーユンも、学園都市も、そこに住んでるあの楽しい連中までも、みんな俺の傍からいなくなるという事を示している。
でも、だからって、俺がウズメの気に入りそうな答を選んで言っても意味が無い。
質問を聞いてもいないうちからビビってたら、リーユンを助けるなんてできるワケがない。
「この質問の正答を言えたなら、それはそのまま黎九郎がこの地下都市の全権を掌握するという事になる。だから、この地下都市の管理AIとして、なによりアンタの母親として、アンタを見極めなきゃならないの」
「分かってるよ。いいからなんでも訊いてくれ。俺は、母さんたちの自慢の息子なんだろ?」
俺が悪戯っぽく笑ってみせると、IEDの中で、ウズメは苦笑して見せた。