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魔物達の学園都市

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    ◆ ◆ ◆

 瞼を浸食するかのように、白い世界が俺を包む。
 爽やかな風がほほを撫でて、白い世界の中でうっすらと何かが揺れた。
 徐々に瞼を開けていく。そこは、もう既に見慣れてしまった寮の俺の部屋だった。
「うお……ヤケにリアルな夢見ちまったな……どっからが夢か分かんねぇくらいだぜ……」
 頬を掻きながら上体を起こし、俺は寝ぐせのついた後ろ頭を、もう片方の手で撫で付ける。
 アーウェルとの死闘。
 瀕死になった上で、リーユンと同じツヴァイハーとしての覚醒。
 暴走の上での勝利と、その結果、春菜先生の婚約者になった俺。
「……すげぇ夢だ……」
 婚約者、って辺りが非常にハズカシィ。
 ……なんだろ俺、春菜先生と結婚したいとか、そんな願望持ってんのかな……?
 とか思った瞬間、不意に俺の視界に緑基調のインジケータが現れ、夢の中で見た、所々血の付いたウェディングドレスに身を包んだ春菜先生の姿が再生された。
「ああそうそう、こんなカンジで、血まみれってのがなんともマニアックっつーか……『セメタリー・ラヴ〜骨の髄まで抱き締めて〜』じゃねーんだからよ……」
 この学園都市で、いま流行っている吸血鬼とゾンビの恋愛ドラマ。それを思い浮かべながらに一瞬沈黙した俺は、しかし直後に、全身から滝のように冷や汗が流れ出していくのを感じた。
 いま見えてんの、ひょっとしてIED? まさか、あれって夢じゃなかったってコト?
《IED――Inside Eye Displayの略。
 ハイ・ヒューマンシステム専用のマン・マシン・インターフェイス。
 大脳皮質と小脳及び脳下垂体に形成された擬似コンピュータ領域により管理されるプログラムの一種で、視覚野に働きかけて視界に擬似的なコンピュータ画面を形成し、視界に在る全ての事象と連動して各種情報管理に役立つ。ユーザーが任意に表示、非表示を選択できる》
「ふ〜ん、そんな代物なのかぁ……って、そうじゃねぇよ俺!」
 IEDに表示されたIEDの説明に感心してる場合じゃない。
「俺、ハイ・ヒューマンなのか? 夢じゃねーの?」
(ウズメ! 通信できるかっ?)
(はいは〜い。よく眠れた? 黎九郎)
 俺がウズメを呼び出すと、ご丁寧にコイツは美少女の姿でIEDに表示されやがった。
(オマエ、なんだよその姿? そういうシュミなワケか?)
 BSSにはIEDの機能が無かったので、こんなウズメの姿を見るのは初めてだ。
(あら、これがあたしの基本容姿なんだけど、黎九郎、見るの初めてだっけ?)
(んなこたぁどうだっていい! 俺、つか、えっと、アーウェルとの決闘って、夢じゃなかったのかっ?)
(んん〜、残念ながら夢じゃないのよね、コレが)
 IEDの中で、ウズメが笑顔を引きつらせながら人差し指を左右に振っている。
 ウズメが告げた事実に、色んな意味で愕然としながらも、俺は一番の懸念材料を思い出し、全身から血の気が失せていくのを感じた。
(俺の暴走はっ? 俺、また暴走することないだろうなっ?)
(さぁ? もう身体はなんともないみたいだし、精神が安定してたら大丈夫だと思うけど。あたしより、黎九郎の方が暴走しそうかどうかは感覚的に判るんじゃない? なんせうちの地下都市じゃ、黎九郎が最初で最後、唯一誕生に成功したハイ・ヒューマンだからね〜、どうすればどうなるとか、類推できるだけのデータがあんまり無いのよ)
 ウズメのそんな返答に、俺は思わずスジ目になった。
 ツカエナイ。うん、まったくもってツカエナイ。なんのためのサポートAIなんだよ。
(まぁ今回は、言ってみれば予定してた成長を待たずに無理やり覚醒させた緊急覚醒だったからね〜、色々予定外の状況があって当たり前なんだわ。つか、むしろ黎九郎の暴走を止めた、なんだっけ、春菜先生? と、リーユンちゃんか……の存在の方がイレギュラーだったのよ。良かったわね、このエロオトコ……じゃない、色男。今度ちゃんと紹介しなさいよね?)
(なに言ってんだよ。オマエは俺のかーちゃんか)
 AIとは思えないウズメの言動の数々に、俺は呆れ返ってしまう。が――
(あれ、聞いてなかった? 黎九郎のお母さんよ? あたし)
 そんなウズメの返答に、俺は思考が停止した。
 どうやら、メンテナンス不足がこんな形で出てしまったらしい。
(いやいやいや、エラーじゃないから。まぁ、正確にはアンタのお母さんである櫛灘羽珠芽の死後、記憶と性格をサンプリングした存在なんだけど、ほぼ百パーセントそのままと思ってもらっていいわよ?)
 俺の思考停止はなおも続く。『ウズメ無双』状態ッスね、これ。
(遺伝子的には血縁無いんだけど、でも、子宮提供してアンタを産んだのが、生前のあたしな訳よ。まぁね〜、お父さんとの間には子供出来なくて、初産の上にそれなりに高齢出産だったから、色々心配だったんだけど、産みの苦しみってのも経験できたし、アンタには感謝してんのよ?)
 この状況下で判明した驚くべき新事実の数々。
 俺はようやく回り始めた思考の中で、一先ずウズメにこう訊いてみることにした。
(え〜と、じゃあ俺、今度から『かーちゃん』って呼べばいいワケ?)
(え? 聞こえなかった、もっかい)
(かーちゃんって呼べばいいのか?)
(ゴメン、もっかい言って?)
(……かーちゃん)
(ごはぁ! 萌える! もっかい言って! もう何度でも言ってマイ・サン!)
 IEDの中で、ウズメが鼻血を出して悶えている。
 もうヤだこのAI。感動もなにもあったもんじゃねぇ。
(……じゃあウズメ)
(ああん! いじわるぅ!)
 ウズメが滝のような涙を流している。
 アホな管理AIを母に持つ俺っていったい……。
 と、ふと俺は、自分とウズメの関係と、リーユン母娘の関係に、似かよっている点を見つけた気がした。
(じゃあさ、春菜先生がリーユンを産んだってのは、やっぱ……?)
(まぁ、そういう事でしょうね。黎九郎は九番目の胚を使って、あたしがお腹で育てたの。人工子宮じゃ上手く行かなくて、アンタの前の八人は、生まれてくる事が出来なかった)
 IEDの中で、ウズメは悲しげに目を伏せた。
(お祖父ちゃんじゃないけど、人類は、もう滅びる運命だったのね。種としての限界が来てたからかな、あたしは不妊症だった。多分、他の地下都市も同じだと思う。……だから黎九郎。アンタはあたしの子よ。血は繋がってないけど、いつだって心配してるんだからね?)
(分かってる)
 優しく微笑むウズメの貌を見て、俺もまた穏やかに微笑んでいる自分に気が付いた。
 母と呼べる人は、肉体を持つ存在としてはもうこの世界にはいないけど。そうなんだ。物心付いた時から母親みたいだと思ってたウズメは、実際に母親の分身だったという訳だ。
 なんとなく、心地良い感情が湧き上がってくる。今なら、誰にでも優しくできる気がした。
 だが、そこで俺は、ふと思い出してしまった。
「やべ……俺、アーウェル殺しちまったかな……」
 俺は思わず掌で口元を覆う。暴走していた時の記憶も、しっかりと俺の中に在る。
 あの時俺は、アーウェルの――吸血鬼の急所である心臓を、確かに破裂させた筈だ。
作品名:魔物達の学園都市 作家名:山下しんか