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魔物達の学園都市

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《強力な視覚暗示効果を検出。視覚緊急遮断します》
 IEDがそんなメッセージを表示し、それと同時にIEDしか見えなくなる。しかし、何百倍にも強化され、制御された他の四感が、瞬時に擬似的な映像を映し出した。
 だが、その直前まで俺の感覚が捉えていたアーウェルの姿は、一瞬にして掻き消えていた。
 三六〇度――いや、立体一〇八〇度方向に俺の感覚は行き届いている。それもかなりの広範囲にまで。視覚以外の俺の感覚は、離れた場所にいる春菜先生が、切り離された自分の腕を拾って肩口に着け、治癒したところまでをも完全に感じ取っていた。だというのに。
《強力な聴覚暗示効果を検出。聴覚緊急遮断します》
 そんなメッセージがIEDに表示された直後、俺はようやく現状を飲み込んだ。
 視覚と聴覚を失い、残った嗅覚と、そして触覚がそれを感じた時、俺は既にその『群』に囲まれていたのだ。
 そう理解したと同時に、全身を鋭い痛みが包んでいく。
 制服の布地を貫き、あらゆる皮膚に突き刺さる無数の牙。
 アーウェルの化身達――コウモリの群が、俺の体内から血液を抜き取っていく。
《正体不明のベクターウィルス侵入。駆除開始します。血液減少、危険域まであと七秒》
 IEDが真紅に染まり、俺の危機を伝える。血液の喪失によるものか、俺は目眩を感じた。
 しかし俺は、それでも状況を冷静に見ていた。危機には違いない。さすがは真祖の系譜、紛うことなくアーウェルは強敵だ。
 だが、そうであっても、俺もまた高位人類なのだ。
 俺が深く息を吸い込むと、IEDが俺の死を宣告し、カウントダウンを始めた。
 その刹那、俺は声帯を震わせて、その『一撃』をコウモリの群に食らわせた。
 俺の視界――IEDに、高振幅かつ長波長の波形が表示される。
 一秒、
 二秒、
 三秒、
 四秒、
 息の続く限り、吸い込んだ空気が肺から全て搾り出されるまで。
 そして程なく、俺の全身にたかっていた死の影は去り、俺は全感覚を復旧させた。
 血を失った影響で目眩が続いている。満身創痍という状態も否めない。
 しかしそれでも、俺以上にダメージを蓄積したのはアーウェルの方だ。
 目を開けた俺の視界の中で、瀕死のコウモリ達が地面を這いずり、一ヶ所に集まっていく。
 それらは程なく人型を形成し、アーウェル・ブルームフィールド伯爵その人となった。
「あ……が……ぅぁ……」
 それは本人のものだろうか、それとも俺から吸い出したものか。
 アーウェルは全身を痙攣させ、口元から赤黒いものを溢れさせていた。
 目眩にふらつきながら、俺はアーウェルの近くに歩み寄っていく。
 俺の中では再びダメージコントロールが始まっており、牙によって穿たれた皮膚の傷は塞がって、血液の生産も始まっている。それによって強い飢餓感が俺を襲っているが、俺はそれを別な感情によって穴埋めし始めていた。
 俺の声帯が発した高エネルギー超低音――インフラソニック――を間近で、しかも無数の小型個体として数秒間浴びたアーウェルは、既に虫の息になっている。
 体液が沸騰し、体細胞の殆どを破壊された筈であるのに、それでも息があるのは見事だと思う。だからこそ――
「ははっ……ホントいたぶり甲斐があるぜ、お前ら魔物はよ……」
 俺は口元を歪めた。本当、楽しくてしょうがない。小動物をいたぶり殺すのとは訳が違う。
 人間よりも強靭で、強力で、惨忍で、冷酷で、そして気高い存在。そんなヤツを圧倒的な力でねじ伏せる快感。それは、目の前の相手こそが、長年味わってきたものだ。
「ズルいぜアーウェル……」
 俺は、瀕死のアーウェルの胸に右掌を重ねた。
「がは……ぞ……れが……本性……が……ぎ……ざま……」
 アーウェルの手が、力なく俺の右腕を掴む。それで俺は悟った。
「でもお前、もう闘えないんだよな……だったら、もう……用済みだ」
 俺は躊躇なく、掌に全身の力を伝えた。
 触れたアーウェルの胸の奥にある、吸血鬼の急所である心臓。それが一気に膨れ上がり、破裂したのを感じた。
 同時に大きく反り返り、それを最後にアーウェルの身体がピクリとも動かなくなる。殺せたのかは分からない。だが、コイツはもはや用済みだ。これ以上コイツに興味はない。
 俺は立ち上がると、観衆を見渡した。誰も彼もが、俺の勝利を目の当たりにして息を飲んでいる。どいつもこいつもマヌケなツラだ。アーウェルより強いヤツは、果たして何人いるものか。
 でも、それでもいい。なんせコイツらは――
「なんだ……たくさん居るじゃん。俺の獲物……」
 思わず、俺は目を細めて微笑った。
 牛野郎、蛇女、鳥に犬に猫。吸血鬼もまだ何人か居るみたいだし、アーウェルほどではないかも知れないが、それなりには楽しめそうだ。
 ……ん? アーウェルって誰だ? 俺、なんでこんなとこに居るんだっけ……?
 ふと湧いた疑問。しかしもう、そんな事はどうでもいい。体の奥からマグマみたいな熱い衝動が、次から次から湧いてくる。
 それはまるで、俺の中の二重螺旋が命令しているかの様に。
 歓喜と共に、闘え、壊せ、滅ぼせと。
 人類を脅かすもの全てを。
 楽しい、
 愉しい、
 悦ばしい――
 湧き上がる感情に身を任せ、俺はニヤついた貌のままで観客席に向かって駆けた。そこには俺の獲物たちが居る。人類の生活圏を確保するために、目に映る全てを、これから俺は皆殺しにする。
 俺の視線の先で、車椅子のジジィが従者に何かを食わされ、不意に若返った。
 隣の若い女がその姿を見て、必死にその『若返ったジジィ』を押し止めている。
 決めた。まずは他の連中より楽しそうな、あの二人の吸血鬼を血祭りに上げてやろう。
「俺と遊んでくれえぇ! 簡単に壊れるんじゃねぇぞぉっ?」
 俺は歓喜の咆哮を発した。もうインフラソニックは使わない。あれは実につまらん技だ。
 両の手足で感じる、肉と骨が潰れる感触。それが何より一番いい。
 俺は一足で間合いを詰める。
 まずは前菜――女からだ。細い首をへし折って、五体を引き千切るため、俺は腕を伸ばした。
 だがその刹那、
「黎くん!」
 目の前の女が叫んだその名。
 そして、
「黎九郎!」
 どこか遠くから聞こえた叫び。
 たったそれだけの事で、俺の中の何かが躊躇した。
 誰だお前は?
 今叫んだのはどこのどいつだ?
 なぜ俺は躊躇した?
 コイツらが何だって言うんだ?
 分からない。
 判らない。
 解らない。
 直後に視界を埋めるIEDまでがエラーを吐いて、0と1の無意味な羅列を流し始める。
 黎九郎、黎九郎、黎九郎、黎九郎。
 どこからか聞こえた先程の音声が幾度も繰り返され、俺はIEDに表示された、その声の主の名前を見た。
「……リーユン……」
 半ば無意識に、俺の口からその名がこぼれる。
 と同時に、それまで意識の外にあった疲労感と飢餓感が、一気に俺の中を満たしていく。全身が震え、俺は力なくその場に崩れ落ちた。
 そして不意に、
 俺の全身が、柔らかいものに優しく包まれたのだ。
「春菜……先生……」
「……お疲れさまどす……黎くん」
 見上げると、まなじりに涙を滲ませて、春菜先生が俺を見詰めていた。
作品名:魔物達の学園都市 作家名:山下しんか