魔物達の学園都市
そして、横薙ぎの一撃が俺の胸元を襲う。軽く曲げたアーウェルの指先。そこには鋭利な爪が生えており、突くも斬るも自在な凶器となっている。俺はそれを、足捌きで避けた。
続く連撃。俺は伸びやかにしなやかに、相手の動きに合わせてかわし、流し、跳び退き、回りこむ。
アーウェルの高速の連撃は、どれもこれもが必殺だ。
それに対して俺は一切手も足も出せない。受け流すだけで精一杯というのもあるが、たかだか二、三発拳撃を加えた所で、吸血鬼に効くとも思われない。
だったら、相手の力を利用して。
俺は、その時できたアーウェルの隙を見逃さなかった。
突きを見切り、その腕を取って頭から地面に叩きつける。
ずしん、と、掴んだ腕から衝撃が伝わり、地響きと共に地面がへこむ。
だが、俺は油断せずに早々に跳び退いた。
どうだ……?
土煙が立ち上る中、気が付けば観衆も息を潜めているものか、周囲が静寂に包まれている。
しかし。
「……やっぱりね」
俺はそれを見て、口元を引きつらせた。
まるで何事もなかったかのように、ダメージの片鱗すらも感じさせず、アーウェルが優雅な所作で立ち上がったのだ。
俺の目の前で、ポケットからハンカチを取り出し、アーウェルは土埃を払い落とす。
そしてヤツは、観客席の春菜先生に向けて口を開いた。
「春菜! 彼にお別れを言いたまえ! 何か無いかね?」
それは、まるで死刑宣告だった。アーウェルのその言葉が示すのは、俺に『万に一つの勝利もない』という事。俺の一撃を受け、理解したという事だ。
アーウェルの言葉に、春菜先生が立ち上がる。
アーウェルと俺の顔を交互に見やり、彼女は悲痛な面持ちを見せた。
「やめてアーウェル! 殺すならウチを殺しなさい! この鬼! 殺人鬼! あほ〜っ!」
春菜先生の罵声を耳にして、アーウェルは苦笑を浮かべた。
「鬼も殺人鬼もないだろう。我々は吸血鬼だ……なぁ、そう思わないかね?」
それが、人たる俺が耳にした、アーウェルの最後の言葉だった。
刹那、俺の視界からアーウェルの姿が消えて――
「が……は……」
――俺は、喉の奥からこみ上げてきたものを口の外に吐き出した。
なんだ……?
視線を胸元に移すと、右胸の肋間から、赤く染まったアーウェルの手が生えていた。
その指先が曲げられ、俺の身体が持ち上げられる。
そして俺は、春菜先生の方へと放り投げられた。
世界が、霞んでいく。
まるで、色の抜けたモノクロの世界。
地面も、
木々も、
校舎も、
飛びつくようにして、俺の身体を受け止めてくれた春菜先生の顔も、
みんなみんな、色の抜けた世界のカケラ。
春菜先生が、何かを叫んでいる。必死になって、俺に向けて。
ああ、ダメだよ先生。せっかく、綺麗なドレスなのに。
――ほら、俺の血で黒く汚れちゃったじゃん。
黒……? あれ? 血の色って、黒だっけ……?
ああ、そうか……俺、死ぬんだ……。
死ぬ?
死ぬってどういう事?
なぁ、教えてよ、親父、じっちゃん……俺……なんで勝てなかった……?