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魔物達の学園都市

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 俺はALSを発動させ、渾身の力でアーウェルの背中に回し蹴りを見舞った。が、
「うあっ?」
 俺の足は、アーウェルの背中に届く前に、空いたもう片方の手に掴まれていた。
 俺を逆さ吊りにして、アーウェルが溜息をつく。
「命を粗末にするな、愚か者め。ただの虫ケラだからこそ、戯れに生かしてやっているというのに、理解する頭が無いのか?」
「うるせぇ! 俺にとってリーユンは大切なヤツなんだよ! それに、春菜先生だってリーユンが大切なんだぞ! アンタ春菜先生の婚約者なんだろっ? わざわざ春菜先生悲しませたいのかよ!」
「この娘は春菜の過ちだ。私はこの娘の父親になぞなる気はないのでな。それに、私は春菜の婚約者である前に、ヴラド公よりこの世界を託された者だ。魔物を滅ぼすツヴァイハーには、消す以外の選択肢なぞない。だから黙って見ていろ。この娘と恋仲だというのなら、殺した後で恨んでくれても一向に構わんぞ」
「うっせぇ! 放せこの野郎!」
 俺は逆さ吊りにされたままで、アーウェルの腕に蹴りを入れる。
 だが、ALSの効果を加えた蹴りですら、コイツは顔色ひとつ変えやがらない。
 そして、その傍らで、リーユンは着実に死に近付いている。
 ちくしょう! 俺は、俺にできる事は!
 俺は懸命に考えた。蹴りが通用しないなら、何か武器になるものは無いだろうかと両腕で全身を探る。が、見つけたのは、スラックスの尻ポケットに突っ込んだ軍手だけだった。

 みしり……。

 不意に、俺の耳はリーユンの首が軋む音を捉えた。
 見ればリーユンは白目を剥き、鼻から血を流している。
 あの時、ミノに吹っ飛ばされてさえも、目前に迫る『死』を、まるで他人事のように思っていた俺。それが、今は自分ではない、リーユンからリアルに伝わってくる。
「あっ……うわ……うわあああっ!」
 俺は怖くなって、半ば無意識にそれをアーウェルの顔に投げつけた。
「……小僧、これがどういう意味か分かっているのか?」
 それは、初めてアーウェルが俺と向き合った瞬間だったのかも知れない。
 俺は、一瞬アーウェルの言葉の意味が分からなかった。だが、それでも即座に頷いた。今はただ、アーウェルの殺意が俺に向いてくれればいい。それだけを願って。
「ああ」
「決闘の日時は私が決める。逃げることは許さんぞ?」
「誰が逃げるか。だから、さっさとリーユンを放せよ……って、うおわっ?」
 俺がそう言うかどうかのうちに、アーウェルの身体は無数のコウモリと化し、どこかへと飛び去って行った。
 俺は猫のように身体を翻して着地すると、そのまま倒れ込みそうなリーユンの身体を支える。
「リーユン、おいリーユン、死ぬな、おい……」
 痛々しく、首にくっきりと赤く残った手の跡。幸いながら頸骨はまだ粉砕されていなかったようで、手首で脈を測ると、弱々しいが、確かにリーユンの命を感じた。
 俺はひとまず安堵して溜息をつくと、その直後にひどく怖くなってきた。
 もし、あのままリーユンが殺されていたら。そう思うと、不覚にも視界が歪んでくる。
 半ば無意識に、俺はリーユンの身体を抱き締めた。柔らかくて、温かい女の子の華奢な身体。この身体のどこに、魔物を倒せる力があるっていうんだ。
「ふざけんなリーユン。お前……魔物の世界に、俺をひとりぼっちにする気なのかよ……」
 思わずそう呟いた自分の言葉に、俺は驚いた。
 そうか……俺……本当は、心細かったんだ……。
 春菜先生や学園長は親切で優しい。
 羅魅亜もいいヤツだし、ミノやウメハラとふざけてるのは楽しい。
 でも、それでも、俺はいつの間にか『同族』を持つアイツらを羨望の目で見ていたんだ。
 俺だけを残して滅びてしまったかも知れない人類。いや、滅びたと見た方が現実的だろう。
 だったら。
 だったらせめて、人類に創られたというリーユンだけは、俺と一緒に生きていって欲しい。
 今思えば、出逢った時から本能的に、リーユンから何かを感じていたのかも知れない。だからこそ、リーユンの傍は俺が落ち着ける場所だったのか。
 なんて事だ。俺は、純粋にリーユンを助けたかったんじゃない。俺が寂しいから、リーユンが必要なんだ。
「はは……なんて利己的なヤツなんだ、俺って……」
 自嘲気味に、そう呟いてみる。
 でもだからって、自分に幻滅して生きるのをやめてしまうほど、俺は潔い人間じゃない。
 俺はリーユンを抱えたまま立ち上がり、屋根伝いに歩き始めた。
 ともかく春菜先生の所に連れて行って、リーユンの手当をしてもらう。そう考えたとき、ふと、俺は先生に頼まれていたことを思い出した。
「でも、また今度……かな。つか、今度があって本当に良かったけど……」
 春菜先生の頼みとは、リーユンへの伝言だ。
 その内容は、愛してる、という一言と、
 リーユンは『先生がお腹を痛めて産んだ子』だという事。
「……って、あれ? なんか矛盾してね? それ……」
 リーユンは人類に創られた存在。でも、産んだのは春菜先生。
 先生、アンタどんな離れ業をやってのけたんスか……?
 ここにきて、俺の中にまた一つ、大きな謎が生まれ落ちた。

作品名:魔物達の学園都市 作家名:山下しんか