魔物達の学園都市
◆ ◆ ◆
昼食後、俺は腹ごなしに寮の中庭を散歩していた。
結局は春菜先生とリーユンの料理を全て胃に収めたワケだが、さすがに腹がキツい。
そして、傍らには何故かリーユンも居たりして。
「それにしても、リーユンって料理上手いんだな。ごちそうさん」
「……ありがと」
さして嬉しそうな様子もなく、社交辞令的なカンジで言葉を返してくるリーユン。
味気ないが、コイツのこういったキャラにももう慣れた。
「私の料理と、お母さんの料理、どっちが美味しかった?」
不意に、なんの気なし――に聞こえる口調で、リーユンがそんな事を訊いてくる。
「ん〜……春菜先生のも美味しかったけど……俺の好みとしては、リーユンのかなぁ……」
「でしょうね」
相変わらずの無表情で、リーユンは即答した。
ふ〜ん……自信あったんだな。
リーユンの料理は確かに美味かった。いつも無表情なクセして、しかしそれとは裏腹に、あの料理はただ単に美味いだけじゃなくて、どこか懐かしくなるような想いにさせた。
俺にはお袋の記憶は無いが、もし『おふくろの味』とやらがあるとするなら、あんな感じなんじゃないかと思う。それくらい、人間的な温かみを感じさせる味だったんだ。
そんな事を考えていると、不意にリーユンが立ち止まった。
「……どうした?」
振り向くと、視線の先でリーユンが俯いている。
「黎九郎……私……お母さんを傷つけた……」
「……は?」
リーユンの言葉が理解出来ず、俺はマヌケな声を出してしまう。
「黎九郎に、お弁当を食べてもらいたかったのは本当。でも……お母さんもお昼を用意してるなんて、私知らなかったから……」
「え〜……なんで、それで先生が傷つくんだ……?」
――別に、先生のだけ残したってワケじゃないしなぁ……全部食ったんだから――
情報処理のため脳内を駆け巡るインパルス。そのあまりの負荷で、俺の頭はビッグバンを起こしかけているんだが。頼むから、もう少し分かりやすく言ってくれ委員長。
「吸血鬼は、血液に対するもの以外の嗅覚と味覚が弱いの。だから、お母さんの料理……あれはきっと、ものすごく頑張ったもののはずなのよ……」
言葉尻で、リーユンの目に涙が滲んだ。
それは時間と共に、目頭と目尻に、大きな珠を形作っていく。
「あ……」
俺は、先刻に見た春菜先生の微笑みを思い出した。
どこか寂しそうな微笑み。
そして、俺は先生の前で、リーユンの料理ばかり褒めていた様な気がする。
懐かしいって思ったのは本当だ。でも、先生の料理だって決して捨てたもんじゃなかった。ただ、なんとなく教科書通りの味というか……暖かみを感じなかった。
でもそれは、決して先生のせいじゃない。リーユンの言葉はそういう事だ。
それなら。
誰かが悪いというのなら、それは俺だ。何も考えないで、ただ料理を貪っていただけの、無神経な俺こそが。
俺は、まなじりからこぼれ始めたリーユンの涙を指先で拭うと、その頭に手を乗せて軽く撫でた。さらりとした黒髪の心地良い感触が、俺の掌から伝わってくる。
「……あの?」
表情に乏しいはずのリーユンの貌が、その一瞬だけ驚いたように目を見開いた。
「リーユン、春菜先生が好きなんだな。でもリーユンが気に病む事ないだろ。悪いのは全部俺」
「そ、そんな事……」
微かに頬を朱に染めて、リーユンはまた俯いてしまう。
「だから俺、春菜先生に、もう一回お礼言ってくる」
「……うん」
そう言って、リーユンは顔を上げた。
母を悲しませた事への自責ってヤツが、リーユンの中にあるからだろうか。彼女は、一見すると相変わらず無表情に見える。でも、どこか当惑している様に思えた。
俺は、そんなリーユンをその場に残して駆け出した。味覚が弱いってのは、そんなに気にする事だろうか? なんて思う。だけどそれは、あくまで俺の考え。
春菜先生は俺に「美味しい」って言って欲しかっただろうし、その言葉が聞けないのは、自分のその体質のせいだと思ったに違いない。
なのに俺は、「頂きます」と「ごちそうさま」としか言ってなかった。リーユンの料理は褒めてたクセに。
先生、ゴメン。
心の中で、俺はそう謝った。でも、春菜先生に伝えなきゃなんないのは、別な言葉だと思う。
だけど、いまさら「美味しかった」だけじゃ白々しい。――まぁ、美味しかったのは本当なんだけど。
だから、俺はもっと別な言葉を贈りたい。感謝の気持ちと共に。