魔物達の学園都市
それに、なんとか角をかわせたとしても、直後に拳を喰らったり、あのデカい掌に握りこまれて潰されれば、もっと悲惨なことになる。
つまり、地に足の着いていない俺は、『詰み』状態ってワケだ。
上昇する物理エネルギーを使い果たし、身体が落下を始めると、俺は半ば無意識にリーユンを見ている自分に気が付いた。
俺の視線の先で、リーユンは顔を蒼くし、唖然として目を見張っていた。
それはまるで、ごく普通の女の子が――いや、ごく普通の女の子がどういうものか知らないが、とにかく唖然とするその貌が、やけにリーユンを普通の女の子として見せている気がした。
「あ〜あ……笑わせてみたかったなぁ……」
思い残した事はたくさんある筈なのに、どうしてか、呟きとして口からこぼれ落ちたのは、そんな気の利かない一言だけ。
魔物社会で暮らすと決めた以上、どこかでこうなる覚悟はしていた。でも、こんなに早く、しかもリーユンの笑顔を見る前に、その瞬間が訪れてしまうとは。
春菜先生や羅魅亜とか、クラスの女の子の笑顔は大体見た。なんか、いいもんだな〜って思ってたりもした。だからそれだけに、なんか悔しい気がするんだ。
とはいえ、こうなっちまったもんはしょうがない。人類もおおかた滅びたみたいだし、リーユンも、俺とは違う何かみたいだしな。謎が解けないままにオサラバってのも後味が悪いが、現状を覆せる要素は何も無い。
刻一刻と迫る鋭利な角を見詰めながら、俺は覚悟を決めた。
あ〜、アレ刺さったら痛そうだなぁ〜……。
な〜んて間抜けな感想を抱いたその時――まるで転移してきたかのような速さで、その人影がミノの傍らに立った。
そして次の瞬間には、手に持った注射器の針をミノの身体に刺していた。
「ヴォルアアアァァァァッ!」
再びの咆哮。あんなちっさな針の注射でも痛かったのか、ミノがその人物相手に暴れ始める。
相手を認識しているのかも疑わしいが、しかし暴風の様に両腕を振り回すミノの攻撃を、その人――春菜先生は余裕でかわしていた。
やがて――
「……あ、止まった」
俺はミノを見て、思わずそう呟いていた。
つぶらな瞳が虚空を見つめ、口元にはだらしなく涎を垂らし始めたと思うと、ミノの身体が急速に元のサイズに戻っていったのだ。
そして、そんな様子を唖然として見ていた俺は――
「ゴフゥっ?」
――力なく丸まったミノの背中に顔面から激突し、首の辺りから「グキ」というイヤな音が聞こえたのだった。