魔物達の学園都市
「うおらああぁぁぁっ! 黎九郎! 行くぞごるあああぁぁぁっ!」
俺がデュラはんの首にスジ目で気を取られていると、地響きを立てて爆走してくるデカブツの姿が在った。鋭利な頭の角を正確にこちらにむけて突進してくるあたり、殺る気満々デスね?
そしてもう一人。
「ケケケケケッ! イマでゲスヨオオオオッ!」
なかなかナイスタイミングで遠くから飛び跳ねてくるクソ妖精の姿も見える。
だからオマエ、チームメイトがどういうものか理解してないだろ?
まぁ、ALSがある以上、かわす程度ならいつでも出来るし、慌てることもない。
両者の到達タイミングが同時だってのも探知スキルで測ったし、つか、お前らって組ませるとロクなことしないね?
ま、いいけどさ。同時攻撃は危ないって事、身を持って教えてやろう。
俺はデュラはんの生首を直上に高く放り投げると身構えた。
「うおらあああぁぁぁぁっ!」
「キエエエエエェェェェッ!」
直後、俺の身に迫る角と斧。
それに対する俺の対処は簡単だ。振り下ろされる斧を側面から叩き、その軌道をミノのドタマに向けさせる。
体重の軽いウメハラはそれに引かれてミノ――もっと言えば、ミノの角を前に無防備な身体を晒すことになるだろう。
あとはまぁ、知った事じゃない。コイツらなら死なないだろうし。
しかし、それは俺が手斧を弾く直前の事だった。
「アギョッ?」
奇妙な悲鳴と共に弾けたのは、『ウメハラの頭』だったのだ。
まるで浜辺でメッタ打ちにされたスイカの様に、ウメハラの『中身』が周囲に飛び散る。
だが、それだけではこの状況は終わらなかった。俺が当初の予定を一瞬で変更し、仰け反ってミノの角をかわしたと同時に、ミノのサングラスまでもが砕け散ったのだ。
仰け反り、バック転でミノの突進を避けた俺は、その直後に戦意を喪失してしまった。
「ぶふっ!」
俺が目にしたのは、他でもないミノの素顔。
ああ、いや、うん、可能性としては考えてはいたよ。人前で絶対に外さないサングラスの奥。そこに隠された可能性を。
「ドナドナ! ドナドナっスかミノさん!」
俺は腹を抱えて笑い転げながら、可愛らしいその無垢な瞳を堪能していた。
次から次からこみ上げる笑いを、俺は止めることができない。横隔膜が激しく振動し、たまらず地面を叩いて笑いころげる。
だが。
「……おい黎九郎、テメェ逃げた方がいいぜ?」
ぽつり、と、ミノがそんな事を言った気がした。
気が付けばミノは、地面に散らばったウメハラの、真っ赤な『カケラ』を見詰めて震えている。
こんなのは日常茶飯事だろうに。どうせウメハラの事だ、次の授業には問題なく出てくるだろう。
だってのに、キレかかってるんだかなんなんだか、ミノは何かを堪えているようだ。
「おい、一応言っとくけど、今の攻撃俺じゃねーぞ?」
そう言葉にしてみて、俺は改めておかしいと思った。うん、確かに今のは俺じゃない。
まるで何かが飛来してウメハラの頭を砕き、同時にミノのサングラスを粉砕したのだ。
それは多分、飛礫の類。誰かが小石を高速で飛ばしたのだろう。それが、俺の探知スキルが導いた結論だ。
とはいえ、それはあるいは俺を狙ってのものだったかも知れず、俺は改めて背筋に冷たいものを感じてしまう。そして、俺は小石が飛来した方向を見やった。
ソイツ――アーウェル・ブルームフィールド伯爵は、まるで俺に見せつけるかのように、視線の先で掌に残った小石を足元に落としてみせた。
その口元には微かな嘲笑が乗り、しかし、それが直接俺へ送ったものではないと直後に感じさせる。
そう、この一連の行動は、あくまでリーユン――ツヴァイハーと目される彼女へのものだったのだ。俺への嫌がらせが、リーユンに与える影響を考慮しての。
だが、そんな事を考える余裕が有ったのはそこまでだった。
その時、俺は背筋に冷たいものを感じたからだ。
「ヴォルオオオオオオオォォォッ!」
それはまるで、大気を弾き飛ばすかのような咆哮。
気が付けば、ラグビーをしていた男子生徒は、全てグラウンドの周囲に退避している。
残っているのは試合中に散らばった白骨共と、ウメハラの暫定的な死体だけ。
「……って、ウッソ」
俺は思わずスジ目になり、ただそれを見上げていた。
自然と冷や汗が浮き上がり、頬を伝って顎先から滴り落ちていく。
俺の目前には、軽く数倍以上の体格に膨れ上がったミノの姿が在った。
頭部は完全に雄牛のそれ。たいしたもんで、どういう素材かは知らないが、体操服の上下は伸びるにいいだけ伸びて、辛うじて大胸筋と腰回りを隠している。
身の丈が十メートルを超えたその巨躯は、伝説のミノタウロスそのままだ。こういうの、『変身した』ってよりは『本性を表した』って表現した方がより適切なんだろう。
「黎九郎!」
「黎さん!」
俺の名を呼ぶ二つの声と、
『逃げてぇ〜〜〜っ!』
重なりあった警告が耳に届いた。
言われなくてもそうするって!
そう思った直後――
「ヴォルアアアァァァァッ!」
――咆哮と同時に巨大な拳が俺を襲った。
ALSが働き、俺は一瞬で十数メートル後方に跳ねる。
デカきゃいいってもんじゃないだろ、スピードが無くなるから――
な、と頭の中で続けるはずだったのが、しかし、俺にはそこまで考える余裕すら無かった。
「うおわあっ?」
巨大な拳が再度俺を襲い、俺はそれをいなしつつ、その腕の上に駆け上った。鈍牛ってカンジの見た目なのに、スピードまで増してるとか、一体どんなパワーアップなんだよ?
だがそれでも弱点はあるだろう。俺の見立てでは頭部、それも、鍛えようもない側頭部だ。
もっと言えば耳の辺り。三半規管の在るそこに強い衝撃を与えれば、一時的にでも麻痺させられるハズ。まぁ、人間とか、当たり前の動物と同じ身体構造なら、だけど。
そして案の定、俺に拳撃をかわされたミノは、体勢を崩して大きな隙が出来ていた。
いくらスピードがあろうと、崩した体勢を立て直すのには時間が要る。
「もらったああぁぁぁっ!」
俺はミノの肩口まで駆け上がると、その勢いで回し蹴りを放った。
ALSの働きで音速まで加速された踵がミノの側頭部を襲う。
が、
「……え?」
直後、何が起こったのか。理解するまで俺は数秒を要した。
俺の身体は、虚空を舞っていた。
錐揉みしながら、俺の身体は今、地面から数十メートルの高さに在る。
「……そうか……角……」
俺は、混乱のさなかに思い出した。踵がヒットする直前に、ミノの角が俺の身体を真上に弾いたのだ。
いや、角だけの力でこうなった訳じゃない。回し蹴りによる強烈な円運動の勢いが合わさった結果の現状という訳だ。
「……やべ、マジ死ぬかも、俺」
俺は思わず口元を引きつらせた。
身体をひねって錐揉み状態を制御し、なんとか体勢を整えた俺は、眼下に待っているミノの角を改めて見詰めた。
雄々しく天を衝く鋭利な双角が、俺の落下を待っている。あんなぶっといツノがこの身体を貫いて、生きていられる自信は俺にはない。