魔物達の学園都市
◆ ◆ ◆
後半戦に突入し、俺はカオスのまっただ中にいた。
うん、これは既にラグビーじゃない。
前半はグダグダ。
ラグビーのルールを知らないヤツもいる。
しまいにゃ、ボール咥えて四ツ足で走ってくヤツとかね。
いやまぁ、そこまでは目を瞑ってもいいっちゃいいんだ。この惨状に比べれば、些細な事としかオモエナイ。
これ、ラグビーだよ? サバイバルゲームじゃないよ? サドンデスでもなけりゃ、デッド・オア・アライヴでもないんだよ。
まぁ、『しあい』ってんならそうかもね。
ズバリ、こ・ろ・し・あ・い、なんデスけど。
そう、さすがは魔物の体育授業だけに、半ば本気の殺し合いなんデスよ。戦略もなにもあったもんじゃないし、ボールをキープしてるヤツは、例外なく敵に殺到されて血を見ている。
で、ここで俺の懸念が現実となり、チームの脆弱さがモロ浮き彫りになってるというワケだ。
俺もまぁ、チームメイト狙ってる獣人の後頭部にケリ入れたりとかして、三人ほど血祭りにあげてやったが、それでも戦力比は差がついていく一方だった。
とはいえALSも通用してるし、ひとまず俺自身はそれほど危機を感じてないワケなんだが。
「キエエェェェェっ! シネでゲスううぅぅっ!」
「やかましい! テメェが死ね!」
俺は手斧を振りかざして飛び掛ってきたウメハラを、渾身の回し蹴りでぶっ飛ばした。
顔面中央にカウンターで入った踵。まさにクリーンヒットしたその一撃が、ヤツを真昼の星に変えた。
……とまぁ、うん、こんなカンジでチームメイトに伏兵が居たり、
「ゲハハハハ! ボールより面白ぇぜこの首はよおおおぉぉぉ!」
「うわ〜ん! ボクの首返してよおおおぉぉ!」
案の定、ボールと間違えられて、というか、むしろ悪意たっぷりに取り上げられたデュラはんの首が、いつの間にかボールに取って替わってるとか。
身体がボール(兼生首)につられて右往左往してるんだが、まぁ、あれはあれでいいのかも知れん、なんて思ってみたり。つか、首と身体、本体どっちなの?
けどまぁ、少なくとも、試合開始直後にあっさり撃墜されたピクシーとか、ハナからボールも持てないウィスプなんかよりは確実に役に立ってる気がする。気の毒ではあるが。
ちなみに、俺のチームでワリと多い白骨くんとゾンビくん達は、骨はバラバラに散らばってるし、ゾンビはそもそもやる気がないという体たらくだ。コイツらもまぁ、何のために体育の授業に出てるんだか理解不能な連中ではある。
で、一方で肝心の点差としては、実は5―5のイーブンだったりして。
うん、ぶっちゃけみんな、殺し合いがしたかったんだネ!
と、阿鼻叫喚の地獄――じゃなくて、体育の授業が続く中で、俺はふとそれに気付いた。
「きゃ〜っ! 黎さ〜ん! がんばってぇ〜〜っ!」
テンション上がりまくりの羅魅亜が、他に何人かの女の子と俺を応援してくれている。
ちなみに女子の授業はチアリーディングなので、何やら曲芸じみた応援だ。そしてそのメンバーの中には、意外なことにリーユンの姿もあった。
「機嫌、直してくれたのかな……」
俺は小さく呟いて、彼女たちに軽く手を振って見せる。
すると、どうしてかリーユンが、どこか罰が悪そうに視線を外してしまった。
なんだ……?
訝しく思った俺は、しかしリーユンの態度の正体にすぐに気付いた。
「……あの野郎、また……」
俺の視線の先、リーユンの傍らにアーウェルが立っている。俺は意識を集中した。
リーユン達と俺との距離は、約四十メートルほどだろうか。さすがに周囲の怒号と悲鳴と歓声が邪魔をして、会話内容まではクリーンに聞き取れない。
だが、微かに動くアーウェルの口元から、俺は探知スキルを駆使して会話内容を抽出した。
「ツヴァイハーよ。お前は何が目的なのだ? 春菜は母親面をして、お前を大切に扱っている様だが……だからといって、慕うのは無意味だぞ」
アーウェルの問いに、しかしリーユンは無言だった。
が、問い詰められている本人の代わりに、不機嫌そうな表情で羅魅亜が口を開く。
「アーウェル卿、貴方もしつこい方ですわね。ツヴァイハーが脅威とおっしゃいますけれども、どのような根拠がありまして?」
「これはル=クレール家の御令嬢。意外でしたな、気高き家柄の貴女が、このような人類の落とし子に肩入れするとは。まさかとは思いますが、友人関係でしたかな?」
丁寧な言葉遣いとは裏腹に、アーウェルは羅魅亜を挑発するように言葉を紡ぐ。
しかし、それが分かっているのだろうか。羅魅亜はむしろ嘲笑を浮かべてアーウェルを見据えた。
「リーユンごとき、わたくしの相手にはならない、と申し上げているのですわ。むしろアーウェル卿、貴方のその恐れ様こそ滑稽に見えますわよ?」
「……フン、この小娘を恐れている訳ではない。貴女は何も分かっていない。真に恐ろしいのは、覚醒後に出てくる何かですよ」
「……何か?」
アーウェルの言葉に、羅魅亜が訝しげな表情を浮かべた。
「さて、詳細は、むしろあの少年の方が詳しいかも知れない。とぼけた顔をしているが、人間など信用できるものか。……御令嬢、貴女も騙されて涙を呑む事になりませぬように」
胸に手を当て、うやうやしく一礼するアーウェル。
そんな彼の仕草を一瞥し、羅魅亜が俺に視線を投げてくる。それはまるで、「そんな事ありませんわよね?」と、問いかけているかのようだった。
俺の額に、思わず青筋が浮いた。ったく、アーウェルの野郎、イイカゲンな事ベラベラのたくりやがって。
羅魅亜はいいヤツだ。別に彼女の望み通りに婿養子になる気なんざサラサラ無いが、普通に友情を構築するのには申し分ない。それに――
俺は、リーユンに視線を移す。
刹那、俺の胸の奥が痛んだ気がした。
リーユンは、眉根を寄せていた。微かに下唇を噛み、何かに耐えるように俯いて。
「お〜い、東郷〜、どこ行くんだぁ〜、授業は〜、まだ続いてるぞぉ〜」
背後から、体育教師のそんな声が届く。だが、俺は既に、アーウェルに一言言ってやらないと気が済まなくなっていた。
リーユンだけじゃない。羅魅亜にまでワケ分かんない事言いやがってあの野郎。
俺は、今のこの物騒で平穏な日常が気に入ってるんだ。そこには当然リーユンと羅魅亜も含まれてる。
と、そんな俺の様子に気づいたか、いつの間にか、アーウェルがじっと俺を見ているのに気付いた。しかも、その視線には何かうすら寒いものを載せて。
「レイクロー! そっちイッタでゲスよ!」
刹那、背後から何かが飛来する気配と、星になったはずの殺人妖精の声が耳に届いた。
胸中で舌打ちをすると、俺は向き直り、ボールとなったデュラはんの首をキャッチする。ひとまずアーウェルに一言いうのはおあずけだ。
まぁ、それはいいとしても。
俺は、思わず反射的にキャッチしたそれを、まじまじと見詰めた。
相変わらずというか、当然の反応というか、結構イケメンなんじゃないかと思われるその首の視線が、俺の視線を避けるように横へと流れていく。
しかし、う〜ん、実質生首なワケだし、正直な感想としては、やっぱキモいなコレ。