魔物達の学園都市
それはそうかも知れない。今まで気に入らないと思っていたリーユンが、初めて彼女にこんな貌を見せたのだとしたら、困惑して当たり前だ。
羅魅亜は俺に苦笑を見せると、アーウェルを睨みつけた。
「アーウェル卿? 委員長の言うとおりですわよ。殿方は御退室下さいまし」
羅魅亜の物言いが気に食わなかったと見えて、アーウェルもまた羅魅亜を睨む。
「ほう、ツヴァイハーの肩を持つのですか、ル=クレール家の御令嬢は。酔狂な事だ」
丁寧でありつつも、どこか小馬鹿にしているような物言い。そんなアーウェルの言葉に促される様に、部屋の空気が変わっていく。
「羅魅亜! 言い過ぎよ!」
「そうよ、アーウェル様に謝りなさいよ!」
「前々から、リーユン嫌いだったんだよね、あたし。それなら納得いくわ」
次々と、羅魅亜とリーユンに投げかけられる無慈悲な言葉。
だが次の瞬間、羅魅亜の額から、俺は確かにその音を聞いた。
ぷちっ……。
あれ? え? ぷち、って?
「お黙り! 貴女たち、まさかこのワタクシと一戦交えるおつもり? よろしくてよ? 我が魔術をもって、全力でお相手してさしあげますわ!」
刹那、どこから生み出されたものか、羅魅亜の周囲に幾つもの火球と水柱が生まれ出でた。
うっわぁ〜……。
俺は思わず血の気が失せるのを感じた。
羅魅亜の顔を見ると、そこにはいつもの柔和な美少女は片鱗も見当たらず、代わりに、鬼女という形容こそがしっくりとくる貌がある。
にやりと笑った口元に、ぼんやりとした鈍い光が灯っている双眸。
こう見えて、羅魅亜は魔物たちの中でも相当に力があるのだろう。対する女の子達の中には、この姿を見ただけで頬を濡らし、戦意を喪失している者が多い。
だが、不意にリーユンが羅魅亜と他の女子の間に立った。
「やめて羅魅亜・ル=クレール! それにみんなも! 黎九郎! 早く出ていって!」
「あ、ああ……」
「こ、こら、私に触れるな、この下等生物めが」
リーユンの剣幕に気圧されながら、俺はドサクサ紛れにアーウェルを手で押して、一緒に退出する事にした。
去り際、俺は羅魅亜に向けて一言を残した。「ありがとな、羅魅亜」と。
そんな俺の言葉に、羅魅亜は頬を微かに染めて、いつもの美少女に戻っていた。
外に出ると、俺は壁際にもたれかかって昏倒しているバカ牛とクソ妖精を発見した。
おおかたアーウェルの仕業なんだろう。今のうちに憂さを晴らしてやろうとも思ったが、ひとまずはアーウェルが先だ。ヤツには訊きたいことがある。
しかし、ヤツを問い質す事ができる程には、俺の傍から危機が去った訳ではなかったのだ。
「覗き、楽しゅうおしたか?」
不意に俺とアーウェル、二人の背後からかけられた、聞き慣れた穏やかな声があった。
「はっ! い、いえ! 別段、これといって面白いことなど何もっ!」
「ふ、あのような小娘どもに、この私が心動かされる事など無い……さ……」
俺は死を覚悟しつつ、
アーウェルは余裕たっぷりに、
春菜先生の居る真後ろに振り返る。
が、それぞれ同時に、その先に在る春菜先生の貌を見てフリーズした。
コレか? コレが吸血鬼の魔力ってヤツ?
そうも思ったが、アーウェルも同様なので、あ、違うんだコレ、とか思ってみたり。
体育の授業開始を告げるチャイムが鳴り響く中、それ以上に高らかに、それぞれに二発ずつ、計四発の往復ビンタの音が校庭に鳴り響いた。