魔物達の学園都市
まるで汚物でも見るかのような眼差しで、リーユンがビデオカメラを見ている。
うん、いや、ごもっともなご意見ありがとう!
「いや、これはだな。これもウメハラが……」
「あら、ワタクシは撮られても構いませんわよ? 何一つ恥じるところなどありませんもの。それに……黎さんなら、どんな事でも許せます。……きゃ〜っ! 言ってしまいましたわぁ〜っ!」
なんかこう、一人だけテンション上がってる羅魅亜は置いといて、他の連中の視線が痛い。
「え〜、いや、邪魔したな。じゃあ俺はこれで」
もはや、言い訳している余裕など無い。もうすでに、事態はリアルに『死活問題』に発展している。
取り敢えず、ミノとウメハラは後で一発食らわせるとして、早急にここから脱出しなくては命が危ない。
「アディオス!」
俺は爽やかに左手を挙げて挨拶を残すと、ドアノブに手をかけた。で、引いてみる。
「……あれ?」
ドアは、外から何者かによって固定されているかのように固く閉ざされている。
というか、これは確実に何者かが閉ざしているんだろう。もっと言えば、それはあの牛力野郎に違いあるまい。
だから俺は、ヤツを絶対ユッケにしてやると心に誓った。
暗雲立ち込める室内で、味方は恐らく羅魅亜とヤギっ子のみ。
リーユンはと言えば、さすがにいつもの無表情ではいられないようで、明確に俺を睨んでいる。まぁ、さっき怒らせた分もあるんだろうな〜、とは思うんだけど。
「ちっくしょーミノ! テメェあ〜け〜ろ〜こ〜らぁ〜っ!」
ガチャガチャと音を立ててドアを揺すってみるが、一向に開く気配がない。
で、女子たちの方をチラ見すると、リーユン含めた殆どが俺を睨みつけてるとか。
オイオイオイ、キバ剥いて唸ってるコまでいるぞ? うわ〜、かじられたら痛そ〜だなぁ。
――ヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイ――
彼女たちの視線が、明確にそんなセリフを代弁している。
「は、はは……もちょっとだけ待っててね?」
笑顔を引きつらせながら、しかし視界が歪んでいく。
やべぇ、ちっくしょー泣けてきた。気分どん底だぜ。ミノとウメハラ、絶対ぶん殴ってやる。
そう心に誓いつつ、追い詰められた俺は、ついにウズメを呼び出すことにした。
(ウズメ〜、ALSパック送ってくれぇ〜)
(あらら、どしたの? ピンチ?)
(ピンチ以外に使いどころ無いだろ〜、ALSなんてよ〜)
(はいはい)
早速ウズメがALSスキルパックを送ってくれた。と同時に額の生体端末へのインストールが始まる。
ALSとは、アンチ・リミット・システムの略。
人間の身体には、無意識的に『全力』を抑制する制御機能が生まれながらに備わっている。
それは、全力を出し続ければ筋繊維や骨が断裂、崩壊してしまうからだ。だから生命の危機が訪れた時などに、脳内麻薬の影響で、普段は封印されている『全力』を解放する瞬間がある。
平たく言えば、『火事場の馬鹿力』ってヤツの事。
ALSは、それを人体に影響の出ない範囲で制御し、ポイントポイントで封印を解く。と、そういうシステムだ。戦闘ならば殴る瞬間とか、移動するなら蹴り足が地面を蹴る一瞬。そういったタイミングで『全力』を解放してくれる。
だから俺は、
(ALSインストール完了)
そのメッセージが脳裏に現れたと同時に、
「じゃ、じゃあ改めて、アディオス!」
そう挨拶を残し、ドアノブを握って身構えた。
多分『全力』を解放したなら、外に居るミノごとドアを開ける事ができるだろう。
問題は、ドアを開けてミノを引っ張り込んだ時に、ヤツの巨体が入り口を塞いでしまわないかどうかだが、もうこうなりゃヤケだ。
詰まったら詰まったで、ちょっと高い場所にある明かり取りの窓を突き破って逃げるまでのこと。詰まって動けないミノが俺の代わりにボコられてくれるだろう。
「うおらああぁっ! 開けええぇぇぇっ!」
俺は、瞬間的に全力を解放し、ドアノブを引いた。
だが。
「おごああぁぁぁぁっ?」
刹那、何の抵抗もなくドアが開き、ノブとは逆側の蝶番がはじけ飛んで、俺の体ごと後方に吹っ飛んだ。俺は思わず後頭部を強打し、一瞬意識が飛びそうになる。
「きゃあっ? 黎さんっ?」
ニョロニョロと、ぬる〜い動きで羅魅亜が近づいてきて、俺の上半身を起こしてくれる。
そんな俺の視線の先には、入り口を塞ぐようにして立つ長身の人影が在った。
「ほほう、外で牛肉と座敷ワラシが踏ん張っていたから、何事かと思ってみればそういう事か。やはり人類というものは、滅んだ方が良かったのかも知れんな」
その人物――アーウェルは、俺を見下ろし――いや、『見下し』、大袈裟に溜息をついた。
『きゃ〜っ! アーウェル様〜〜っ!』
刹那、やたらとムダに黄色い声が室内を満たす。
つか、オイ、アーウェルと俺で、なんでこんなに扱いが違うんスか?
で、一方のアーウェルは、歓声に対し、片手を軽く掲げて爽やかな笑みを浮かべている。
いやちょっと待て? 女の子的には許せちゃう展開なの? コレ。
俺への視線とアーウェルへの視線を見比べながら、そんな事を考えていると、
「アーウェル卿、今はまだ着替えの最中です、この部屋から出てください」
そう言ったのは、誰でもないリーユンだ。
彼女は一歩あゆみ出て、アーウェルの顔を真正面から見据えている。だが、俺の時とは違って、その貌はいつもの無表情だった。
しかし、リーユンを見たアーウェルは、その貌にどこか憎悪を滲ませて彼女を睨んだ。
「……フン、春菜の娘か。リーユン・エルフだったな。遺跡から発掘されたツヴァイハーが……我らの敵が何故、我らの仲間であるかのように生活している?」
……え?
アーウェルの言葉に、俺は唖然とした。
あれ? だって、リーユンって春菜先生の娘じゃ……? 遺跡、って、俺んちみたいな地下都市の事だよな? そっから発掘したって事は……ツヴァイハーって一体?
俺は、その言葉を発したアーウェルよりも、リーユンの顔に視線を送った。
その時だ。
彼女の貌を見て、
俺の、俺の胸が、
苦しくなった。
今にも泣きそうに下唇を噛み締めて、リーユンは俯いている。
あの怒りの貌以外では初めて見るリーユンの表情。
でも正直言って、リーユンのこんな貌は見たくなかった。
「あ……リーユ……ン……?」
俺は、どう声を掛けていいのか分からない。
あの学園長室で聞いた、三人の会話。『ツヴァイハー』という存在に対する恐れは、それを否定していない学園長や春菜先生にも見受けられたものだ。
ツヴァイハーが何なのかは、それを創った人類の一員である俺にも良く分からない。
だがもし、本当に魔物達の驚異となる存在なのだとしたら、周囲はリーユンを放っておかないだろう。
「……出ていって……黎九郎……お願い……」
搾り出すかのような、リーユンの微かな声が耳に届いた。
「黎さん? ここは、リーユンの言う通りにしてくださいませ」
どうしていいのか分からない俺に、不意に羅魅亜がそんな声をかけた。俺が羅魅亜の顔を見ると、彼女もまた困惑している様子だ。