魔物達の学園都市
二章 吸血貴公子と美少女の楽園
俺が学校に通い始めてから、早くも一週間が経った。
季節は初夏で、ますます陽射しも強くなっている、というのに。
「はい、今日の授業はここまでどす。みなさん、復習忘れずにしてきてください」
陽光射し込む教室の、しかも思いっきり日向になっている窓際で、春菜先生は授業の最後を笑顔で締めた。
「あ〜……今更なんだけどさ、春菜先生って、日光浴びても大丈夫なんだ?」
後ろの席に寄りかかりながら、俺は羅魅亜にそんな事を訊いてみる。と、
「ケケッ、オマエ、ソンナコトもシラナイんでゲスか」
俺の右隣で、ナチュラルボーンキラー・ウメハラコージが口を挟んでくる。
まぁ、俺も慣れたもので、コイツは既に針金で拘束し、机の上に転がしてあるワケなんだが。
「おう、知らねぇ」
こんな状況でも挑発気味な口調で話せるコイツには敬意を表するが、俺はそう返しつつ、シャーペンの先でウメハラの額をつついてみる。
「アウチッ! オマエ、オボエテロでゲス!」
「憶えてようが忘れてようが、どうせ襲ってくんだろオマエ」
ちくっ!
「アウチッ!」
ちくっ!
「アウチッ!」
ちくっ!
「アウチッ!」
取り敢えずひと頻り憂さを晴らすと、俺は再び口を開く。
「で、やっぱ真祖の血ってヤツだからなのか?」
そんな質問に、今度は羅魅亜が答えてくれた。
「そうですわね。吸血鬼の下僕、なりそこないのノスフェラトゥは陽光で灰燼に帰してしまうそうですけれど。真祖の系譜なら、陽光の下でも活動できますわ。先生きれい好きですし、シャワーも平気な様子ですから、流水を渡れない、という事も無いでしょうね。十字架とかニンニクなんて、もちろんながら論外ですけれど」
「あ〜……んじゃ、データベースに記載されてる弱点は、全部ガセって事かぁ」
俺は、ウズメから送ってもらった吸血鬼に関するデータを脳裏で閲覧しながら、羅魅亜の話とすり合わせをしている訳だ。
「まぁ、人間が知ってる弱点が何かしんねーけどよ、でも春菜先生、鏡には映らないぜ? あと、寝る時には棺桶に入るって言ってたな」
「へ〜、やっぱその方が落ち着くのかな?」
ミノの補足に俺は苦笑する。
データベースの記述では、吸血鬼の分類は死者に近い。棺桶ってのはその象徴らしいが。
「どうなのでしょうね? 春菜先生、桐製の棺桶は悪い虫がつかなくていい、とかおっしゃって、通販で買ってらしたみたいですけれど」
……タンスかよ。
「ま、吸血鬼は夜魔の類だかんな。日が沈んでから本調子が出るってのは本当だ。って、まさかお前、春菜先生になんかする気じゃねぇだろうな?」
「まぁ、そうなんですの?」
ミノの言葉に反応し、不意に羅魅亜が不機嫌そうに俺の耳を引っ張る。
「欲求不満なら、ワタクシにおっしゃって? いつでもル=クレール家にお迎えいたしますことよ?」
「何言ってんだお前。ちげーよ、春菜先生じゃなくってだなぁ……」
羅魅亜の指を耳から外しながら、俺は先日のアーウェルの顔を思い出していた。思い過ごしならいいが、なんとなく、というか確実に、俺はアイツには気に入られていない気がする。
という訳で、変なちょっかいかけられた時の用心をしたいワケだ。
「つか、お迎えってどーゆーコトよ?」
俺はスジ目で羅魅亜を見る。と、彼女は両頬に手を当てて、照れたような笑顔を見せた。
「もちろん、婿養子としてお迎えするのですわ」
「遠慮します!」
即答する俺。すみませんが、蛇腹は生理的に受け付けませんので。
「黎さん、そんな照れなくてもよろしくてよ?」
照れてないし。ゼッタイ分かってて言ってるよな? 羅魅亜のヤツ。
そんな事を考えていると、ふと俺はリーユンの視線に気付いた。
もう昼で、飯を食うにはアイツと一緒である必要がある。なぜか知らんが、俺はアイツに財布の紐を握られているのだ。つか、まぁ、その財布も俺のもんじゃないから仕方ないんだけど。
「じゃ、俺カフェテリア行ってくるわ。お前らどうする?」
「リーユン・エルフが一緒なら、ワタクシは遠慮しますわ」
「あ〜、オレもパス。メシがマズくなる」
嫌われてんなぁ、リーユン……。
二人の、そんないつも通りの返答に俺は苦笑した。
「ケケッ! アッシはベントウくうでゲス」
「安心しろ、お前はハナから数に入っちゃいない」
俺はウメハラにスジ目で即答した。魔物の各血族の食事はそれぞれに特色があるが、中でもウメハラが何を食うのかは一番知りたくない。
気にならない、ってワケじゃない。でも、純粋に『知りたくない』のだ。もっと言うなら、実際にこの目で『食ってるところを見たくない』。そういう事だ。
「さて……じゃ、また後でな」
そう言って俺が席から立ち上がると、
「ああ、黎九郎、メシ食い終わったら、次の時間は体育だからよ、分かってるな?」
言って、不意にミノが肩を組んできた。
――なんだよ?――
ミノの視線に含みを感じ、俺は小声で訊いてみる。
――早く戻って来いよ? オマエにゃ洗礼が待ってっからよ――
――リンチでもされんのか? 俺――
――バッカ、テメェみてぇな野郎泣かしたって面白くねぇだろうが。大人の階段登るんだよ。言っとくが、リーユンには言うなよ? 男ならな――
――あ〜、なんだか良く解らんが、分かった――
俺がそう告げると、ミノはようやく俺を解放した。