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魔物達の学園都市

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    ◆ ◆ ◆

「じゃあ、あの突き当たりが学園長室だから……ごめんね黎九郎」
「ああ、気にすんなよ。ガキじゃないんだから、場所さえ分かればいいさ」
 小一時間学園内を案内され、校舎二階の一角で、俺とリーユンはそう言葉を交わして別れた。
 学級委員長であるところのリーユンは、途中ですれ違った化学教師に六時限目の授業準備を手伝うように言われ、これから実験室へと向かうのだ。
 ごめんね……か。
 結局、リーユンは俺を案内している間じゅう、一度もニコリとも笑わなかった。終始仏頂面で、愛嬌のカケラもない。が、それでも最後の言葉には、彼女の性格が滲み出ていた気もする。
 多分、彼女は極度に不器用なんだろう。それに、どこか周囲に遠慮しているような、そんな雰囲気も感じた。
 せっかくカワイイ顔立ちをしてるのに、春菜先生や羅魅亜みたいにもっと笑えばいいのに、とも思うが、まぁ、それが出来てれば苦労は無いんだろうな。
「……うん、そうだな……」
 曲がり角でリーユンの姿が消えると、俺はふと、一つ他愛のないことを思いついた。このままなんとなく学園生活を送っているのも悪くないけど、何か目標を持つのも悪くない。
 それは、リーユンを笑わせてみよう、という事。
 なんでもいい、とにかく笑いだ。微笑みでもよし、爆笑でもよし、失笑は……まぁ、それでもいいか。笑顔を見られたら、それで俺の勝ちだ。
 なんて事を、考えた。
「さて……」
 俺は廊下の奥――学園長室へと足を向けた。一歩一歩近づく度に、なんとなく緊張してくる。
 学園長の名はクリストフ・フォン・ヴァンシュタイン。吸血鬼の王・ヴラド公の息子の一人で、春菜先生の祖父に当たる人だという。それはつまり、彼もまた真祖の系譜だという事だ。
 春菜先生は、キレた時以外は穏やかな人だけど……学園長って、どうなのかな。
 俺は、彼の姿を想像する。春菜先生を見る限り、吸血鬼はどんなに年老いても若々しい様子だ。多分、学園長もそうなんだろう。
 きっと、俺よりもちょっとばかり年上に見える容貌で、眼光鋭くて、ニヤリと笑って牙を見せたりとか、高圧的なカンジだったらヤダな〜、とか。
「うう……デュラはんじゃね〜んだから、人見知りとかねーハズなんだけどな、俺……」
 分厚い木製の扉の前に立ち、俺はノックを躊躇する。
 そんな時だった。
「お話になりませんな、クリストフ公! 春菜、キミもだ! ツヴァイハーとは、我々にとって危険な存在なのだろう? なぜ、そんな存在を容認している!」
 あ〜……なんか、モメてんのか。
 俺は、意識を集中した。
 今朝ウズメに送ってもらった探知スキルが活性化し、五感が鋭くなる。こうして意識を集中すれば、それまで受動的だった探知スキルは、能動的に働き始める。
 室内に気配は三人分。そのうちの一人は女性。二人は学園長と春菜先生だとして、声を荒らげているもう一人は、俺の知らない人物だ。
「まだ研究中だよ、アーウェル伯。未だに答は出ていないし、ツヴァイハーが本当に危険な存在なのかも分からない。せっかくの人類の遺産だ。慎重に取り扱わねばなるまいよ」
「……困った方ですな、クリストフ公。遺跡に残っていたデータなら、私の財団の研究者も手に入れているのですよ。残念ながらツヴァイハーそのものまでは手に入らなかったが、ツヴァイハーが何を期待されて創り出されたものか、その目的は把握している。生き残った人類の尖兵となり、地上の脅威を一掃する存在だとね」
 ツヴァイハー……って、知らねえな……なんなんだ?
(……おい、ウズメ)
 俺は疑問の答を得るために、ウズメを呼んだ。
(なぁに? 黎九郎)
(ツヴァイハーって、なんだ? うちの地下都市でもそんなの造ってたのか? どうも、兵器かなんかっぽいんだけど)
 そんな疑問を投げた刹那、
《不正な操作により重大なエラーを確認しました。システム、三十秒後に再起動します》
 ウズメの声ではない、無機質なサンプリング音声が俺の脳裏を満たした。
「うお……エラー吐きやがった……つか、不正な操作ってなんだよ? 俺なんにもしてねーぞ? ユーザーに責任転嫁しやがって、クソメーカーめ」
 とか、千年前のOSメーカーに悪態をついてみるが、意味のないのは承知している。親父やじっちゃんがそうしていたから、ガキの頃から染み付いた、一種のクセみたいなものだ。
 だが、そんな俺の呟きが届いたものか、
「誰かねっ?」
 バン! と勢い良くドアが開いた。
 その先にいたのは、両眼に殺気にも似た気迫を宿した、テイルコート姿で長身痩躯の秀麗な若い男だった。
 中世のヨーロッパ貴族に似た装い。服から覗く顔や手足は生を感じさせない白さを宿し、少しウェーブのかかった見事な金色の髪は、背中辺りで一括りにされている。
 春菜先生が滲ませるものと同質の気品を宿す彼は、しかし、一方で春菜先生とは全く異質な雰囲気――つまり『威圧感』を纏ってもいる。
「あ、え〜と〜……呼ばれたから、来てみたんスけど……お邪魔でしたか? お邪魔でしたね? それじゃ……」
 言って踵を返した俺の奥襟が、誰かの手によってつまみ上げられる。
「いらっしゃい、黎くん。ようこそ学園長室へ」
 笑顔で俺を猫のように吊り上げている春菜先生は、刹那、傍らの美青年を睨んだ。
「さ、アーウェル、これからウチらは大切な話がありますよって、もう出て行ってください」
 だがしかし、青年――アーウェルはまるで春菜先生の言葉など耳に届いていないかのように、俺の顔を見据えた。
 ゾクリ、と、俺の背筋を冷たいものが駆け下りていく。
 無機的な、まるで、取るに足らない路傍の石でも見据えるような眼差し。
 だが、同じ無機的な眼差しだとしても、彼のものはリーユンのものともまた違う。リーユンもロボットみたいではあるが、あくまで無害な感じがするから。
 しかし彼の場合は、それこそ命と路傍の石を同列に考えている者の眼差しだと、そんな風に思えた。
「は、はは……ども」
 強大なプレッシャーのただ中で、俺は人畜無害をアピールする為に精一杯微笑んで見せる。
 なんとなく感じるのは、このアーウェルが本気になれば、春菜先生ですら敵わないだろうという事。彼がその気なら、俺はとっくに殺されているだろう。
「額にあるのはBSSとかいう生体端末か……そんな物で強化しなければならないとは、純粋な人間なのだな。……まぁいいだろう。精々、短い人生を生きるがいい。もう、純粋な人類はお前しか残っていないのだから」
「アーウェル!」
 踵を返して立ち去っていくアーウェル。その背に向けて、春菜先生の声が虚しく響いた。
 春菜先生、俺に気を使ってくれたんだなぁ。なんていい吸血鬼なんだ。
 なんていう感慨が胸を満たす。だけど同時に、俺は切羽詰まってたりもして。
「あの……先生、苦しいんデスけど……」
 今の俺の状態を例えて言うと、タロットカードの十二番だ。
 まぁ、逆さ吊りじゃないだけまだマシなんだけどさ。
「あ、か、堪忍な? 黎くん!」
 苦笑を俺に向けて、春菜先生は俺をようやく床に下ろしてくれた。
 そんな俺の目の前で、一人の初老の男が豪奢な事務机の向こうで立ち上がる。
作品名:魔物達の学園都市 作家名:山下しんか