魔物達の学園都市
◆ ◆ ◆
人混みの中から、俺は教えられた通りにメニューを買って、リーユンが待つ席に着いた。
二人がけのその席は窓際で、校舎の中庭が一望できる場所だ。その場所に、俺はリーユンと差し向かいに座った。
俺が買ったメニューはサラダ付きの牛丼。ミノを思い浮かべながら美味しくいただこうと思う。つか、これの原材料、本当に牛なんだろうな?
そんな事を思いながらリーユンを見ると、彼女の所には食い物が無い事に気付いた。その代わりに、彼女はグラス一杯の赤い液体をストローで飲んでいる。
ああそうか、リーユンて、春菜先生の娘だったよな。
赤い液体が何かは、敢えて訊くまい。
そう思いつつ、俺は箸を進める。まずは丼を左手に持ち! 一気に!
とまぁアレだ。丼物の醍醐味は、こう、掻っ込むようにして食うことだろう。
一気に頬張り、一気に噛んで一気に飲み込む。
「……よく噛んで食べた方がいいわよ」
即座に耳に届くリーユンの忠告。予想通りの反応ありがとう!
「さっさと食って、さっさと案内してもらわねぇとな。ところでリーユンは、それ一杯で足りんのか?」
何の気なしにそう訊くと――
……なんだ?
――ふと、リーユンが微かに視線を泳がせた。
「い、いいの。これだけで足りるから……」
リーユンにしては珍しく、どこか動揺した様子を見せる。まぁ、いいけどな。
「あ〜、食った食った。それなりに美味かったな」
数分後、飯を食い終わった俺は、一息ついて丼をテーブルの上に置いた。
「胃とか、そのうちおかしくするから……」
俺の食い方が気に入らなかったと見えて、リーユンがぽつりとそんな事を言う。
「じゃあ、行きましょう」
言って立ち上がりかけたリーユンの手を、俺は掴んだ。
「……なに?」
訝しげな視線を投げてくる彼女に、俺は口を開く。
「まだ昼休みだろ? ゆっくりしようぜ。色々訊きたいこともあるしさ。どうせ、俺の面倒見るように言われてるんだろ?」
おそらくは、春菜先生からの指示に違いあるまい。
幸か不幸か偶然か、はたまた奇跡か運命か。とにかく、コイツは俺が生まれて初めて出逢った女性の一人だ。できれば友好的にいきたいものだが、俺は今ひとつコイツが良く分からない。
まぁ、女全般が、俺には良く分からないんだけれども。
俺の言葉に、しかし相変わらずの無表情でリーユンは再び席に着いた。
「さっきと言ってること矛盾してるけど……何が訊きたいの?」
あの無感情な眼差しで痛いところを突き、その上で淡々とそう訊いてくるリーユン。
母娘だってのに、いつもニコニコしてる春菜先生とは全然違う雰囲気を、コイツは常に纏っている。それが俺には理解出来ない。
「なぁ、春菜先生とお前、親子なんだよな? その辺のこと聞いてもいいか?」
これでも相手は女の子だ。じっちゃんにも、女の子に会うことがあったら優しくしてやれ、って言われてたし、一応気を遣いながら訊いてみた。
まぁ、優しくするってのが、具体的にどうすりゃいいのか良く解らんのだが。
「別に構わないけど……言いたくない事は言わないけど、それでいいなら」
言いたくない事とか、あるワケか……まぁ、そりゃあるよな。親父やじっちゃんでさえ、俺に秘密にしてた事とかあったし。
「ああ、それでいい。じゃあさ、さっそく……お前、春菜先生と苗字が違うのはなんで? 父方の姓だったりとか?」
リーユンの答に、俺は少々興味がある。
データベースで検索してみたら、『エルフ』とは妖精を意味する言葉らしい。容姿端麗な姿らしいから、確かにリーユンがそれでも違和感は無い。まぁ、耳は尖ってないんだけども。
しかしその一方で、母親の春菜先生は吸血鬼だ。なんだかどうにもチグハグな感じがする。
だが、俺の質問の刹那に、リーユンはその眼差しを微かに伏せた。
「お母さ……春菜先生、結婚したことないから……私は、違うから……」
うわぁ……地雷踏んじまったか。
急激に、俺の胸中に罪悪感が満ちてくる。
結婚したことない? つまりはシングルマザー? じゃあ父親分かんないとか? なんだか良く解らんが、あの春菜先生の『覗いてはイケナイ過去』を覗いてしまった気がする。
あ、でも……。
ふと、俺はもう一つの可能性に気づいた。
「で、でもさ、アレだよな、よ、養子? と……か……」
言葉尻で、俺はリーユンが微かにかぶりを振ったのを見てしまった。
うおお……リカバリー不可能っ?
踏んだ地雷の爆発で、俺の思考力が低下していく。
だが、そんな俺の様子を見てか、今度はリーユンが口を開いた。
「黎九郎は……お母さんのこと憶えてる……? 家族……もう誰も居ないんだよね……?」
無表情なまま、しかし口調に微かな遠慮を載せて訊いてくるリーユン。
彼女のその問いに、刹那、俺は思わず眉間にシワを寄せた。
「……そういや俺、お袋の顔知らね〜んだよな……物心付いたときには居なかったし、写真も残ってなかったし……」
「そう……寂しかったりは、しない?」
「え? あ、ああ、そうだな……でも、母親代わりのヤツはいるぞ? 地下都市の管理AIで、ウズメっつってさ。なんか妙に人間臭いんだよソイツ。叱ったり慰めてくれたりとか、そんな事もしてくれたから、まぁ、俺にとっては名前も知らないお袋より、よっぽどお袋っぽいかな」
「……そう。いいわね……」
目を伏せて、窓の外を見やるリーユンの仕草に、俺は苦笑するしかなかった。当然の疑問が湧いてきて、それを口にせずにはいられない。
「いいわねって、なんだ……あれか? 実は春菜先生と、うまくいってないのか……?」
だが、俺の問いかけに、リーユンはかぶりを振って、改めて俺を見据えた。
「お母さんは……優しいよ。だけど……むしろ私が……」
そう言って、リーユンはまたも言葉をなくしたように目を伏せる。
なんか、コイツも色々あるんだな……魔物っても、俺ら人間と変わんないじゃん。
「なんか知んないケドさ、悩みあるなら、ちゃんと春菜先生と話してみろよ。じっちゃんの受け売りだけど、対話って大切だと思うぜ? 雄弁は銀の価値だかんな」
「沈黙は金……」
ぽつり、と、リーユンが俺の言葉の端を掴む。だが、それは間違いだ。
「違うぜリーユン。沈黙は金、雄弁は銀。確かにそうだけど、その言葉が作られた時代には、金と銀の価値は逆だったんだ」
そうウンチクをたれると、不意にリーユンが驚いたように目を丸くした。
「……黎九郎って……まるっきりバカじゃなかったのね……」
「……オイコラ」
思わず、俺は自分の額に青筋が浮いたのを感じた。俺がリーユンにどんな目で見られていたのか、これでまた一つ判明した気がする。
ヘンタイでバカ。つまりはそういう事だ。
「でも……ありがと。そうね、話……してみる」
気のせいか、その一瞬、俺はリーユンの面差しが穏やかなものになった気がした。