魔物達の学園都市
◆ ◆ ◆
春菜先生の姿が消えると、不意に羅魅亜が尻尾の先でウメハラを遥か彼方に跳ね除け、俺の右隣に腰(?)を降ろした。
「黎さんて、お優しいんですのね?」
腰から下、美しく照り輝く深緑の鱗を誇らしげになでつけながら、羅魅亜がそんな事を言う。
「あ?」
一瞬意味が分からずに、そんな間抜けな声を出すと、羅魅亜は微かに頬を染めた。
「ワタクシたち魔物に、気を遣ってらしたのでしょ? 先程の反応は」
「ああ……アレね。別に俺、魔物に恨みとかあるワケじゃないし。一掃するとか滅ぼすとか、その理由もないしなぁ……」
「正直な方なんですのね……ワタクシたちの事、気に入って頂けまして?」
続いた問いに、俺は一つ頬を掻いた。
穏やかに微笑む羅魅亜は綺麗な顔立ちだと思うが、長い蛇腹はちょっと……だし、そもそも、同年代の連中とこうして過ごすこと自体が、俺にとっては未知の経験なのだ。
それに、どうして魔物が旧世界の人類に忌み嫌われたのかも、コイツらを見ているとイマイチピンと来ない。……一部例外を除いて、ではあるが。
「……よくわかんね。まぁ、でも嫌いじゃない……かな」
「良かった……」
何の気なしに俺が本心を告げると、羅魅亜は嬉しそうに胸をなで下ろした。
その仕草で、つい俺は、先刻に経験した彼女の胸の柔らかさを思い出してしまった。
何故か、頬が熱くなってくる。
「では、もうお昼の時間ですわ。黎さんは、昼食はお弁当ですの? それともカフェテリア? ご迷惑でなければ、御一緒してもよろしくて?」
頬を染めて、控え目に訊いてくる羅魅亜。すると、
「よう、オレもいいか? ちょっとオマエに訊きてぇこともあるしよ」
ミノまでもがそんな事を言い出す。
だが傍らでは、羅魅亜がそれを聞いて不機嫌そうに頬を膨らませた。
「いやまぁ、いいけど。カフェテリアって食堂のことか? つっても俺、金持ってねぇぞ? ……そういや、弁当とかももらってねぇな……どうすんだ? 俺」
ふと基本的なことが欠落している事に気づき、俺は困惑した。そして、一度それを意識してしまうと、なんだか無性に腹が減ってくる。
だが、そこに現れたのは意外な助け舟だった。
「黎九郎、お昼行くわよ。それから、午後はひと通り校内を案内してあげるから」
不意に傍らに立ち、そう言ったのはリーユンだ。
刹那、それを見た羅魅亜が、まるで取られまいとするかの様に、俺の右腕に抱きついてくる。
「なんですの? リーユン・エルフ。黎さんは、ワタクシと先約がありましてよ?」
いや、別に約束した訳じゃないだろ。
「そうだぜ? 俺と羅魅亜とコイツで、飯食うんだ」
「ちょっと箕面さんっ? 勝手に決めないで下さいましっ! 黎さんは、ワタクシと二人きりでお昼を取りますのっ!」
「羅魅亜・ル=クレール、それに、箕面雄太郎」
羅魅亜とミノが火花を散らし始めたその時、不意にリーユンが威圧のこもった口調で二人の名を呼んだ。
「な、なんですの……?」
「な、なんだよ……?」
半ば気圧されるかのように、二人がリーユンに視線を向ける。
「黎九郎は学園長とも会わなきゃいけないし、今日はこれから忙しいの。お昼を一緒にするのは、また今度にして」
「むぅ〜っ!」
ぷっくりと頬を膨らませる羅魅亜と、
「……ヘイヘイ、分かったよ委員長」
苦笑を浮かべて立ち上がるミノ。
「フン、たかだか学級委員長が、どうしてそんなに権限があると言うのです。あなたなんて、大っきらい」
ふい、とそっぽを向いて、羅魅亜は俺を手放した。正直、助かった気もするが。
「悪いな二人とも、そういうワケだから」
俺は二人に苦笑を置いて、リーユンの後を追って教室を出た。