「夢の続き」 第七章 体験話
「自らを正当化させるため、ですか・・・」
「私はそう考えているがね、戦争に対してはいろんな意見があるよ。そりゃそうだろう。親兄弟を殺されて真っ当な判断なんかできるわけ無いよ」
「被害者意識ですね。弱者だという甘えがあるのですね」
「酷な事を言うようだが、正しいことというのは冷静に見て公平に判断された事実だけなんだよ。感情は判断材料にならない、入れてはいけないんだ。そう考えて戦争を考えてごらん。見え方が違うから」
「はい、確かにそうですね」
「さあ、着いたぞ、ご両親によろしくな」
「ありがとうございました。中山さんお元気でいてくださいね」
手を振って笑顔でそう言ってくれた貴史の気持ちが渇いていた中山の心に沁み込んでいった。
「貴史、間に合ったわね。来ないかと思った」
姉の恵子はそう胸をなでおろしていた。なんだかんだと言っても二人だけの兄弟だから、本当は思いやっているのだ。あんなことがあって恵子はちょっとだけ貴史を見直している。案外しっかりとしているんだと思わされた。
「ゴメンゴメン、ぎりぎりになっちゃって。中山さんが車で送ってくれなかったら、間に合わないところだった」
「ちゃんとお礼言ったの?」
「当たり前だよ。そのぐらいは出来るよ」
「何を話し込んでいたの?」
「ええ?聞きたいの。関心があるなら話してもいいけど、戦争の体験話だよ」
「そうだったわね。まあ、私は興味ないからいいわ。それより、洋子さん、あなたの体験話聞かせてよ」
急に話を振られて洋子はびっくりした。
「お姉さま、何を話せばいいのですか?」
「知ってるわよ・・・親に内緒で泊りがけの旅行したこと」
「そんな・・・ここで言わないで下さい」
「じゃあ、後で二人で話すって約束してくれる?」
「貴史さん、いいですか?」
「なんだ姉さん、脅迫しているのか?」
「聞きたいだけ。女同士だし、いいじゃん!」
「洋子の好きにしていいよ」
「そんなあ・・・」
「一緒の席に座りましょうね、帰りは」
列車がホームに入ってきて、あっという間の旅行は帰るだけとなっていた。新宿に着くまでの間、佳代と美枝と千鶴子はずっと話をしていた。貴史は中山から言われた真実を調べるために図書館通いを始めようと考えていた。そして、洋子は母親が前に座っているにも関わらず、恵子が鋭い質問をしてくるのでたじろいで答えていた。
「聞かれたくなかったら耳元で喋っていいわよ」
「はい、そうします」
「じゃあ、まずは・・・貴史とは初めてだったの?」
顔を恵子に近づけるようにして、答えていた。
「はい・・・お互いにです」
「貴史は優しくしてくれた?身勝手じゃなかった?」
「いえ、優しかったです」
「そう、良かったね。あなたは幸せな体験が出来たのね・・・」
恵子の頬に涙が伝わるのを洋子は見た。
「お姉さま、どうされたのですか?」
恵子は自分で言っておきながら、盆休みでの旅行のことを思い出してしまった。
「ゴメンね洋子さん、私ね貴史には聞いてもらったんだけど、夏休みに彼と旅行に行ったの。初めて出来た彼だったからもう夢中で、周りの言葉は耳に入らなかった。貴史も遊ばれるだけだって言ったけど、無視して出かけたの。生まれて初めてキスもしたし、手も繋いで歩いた。夜を迎えるまでは幸せだったの。まさか結婚していたとは知らなかったから。私を誘って付き合うって言ってくれたんだから疑わないよね、普通は結婚してるのかって?」
「そうですね。じゃあ、彼は隠していたのですね」
「そう、ホテルで一つになったその後で言われたの。妻がいるけど、きみの事は好きだって・・・」
「それは酷いですね。許せません。怒らなかったのですか?」
「泣けて泣けて、頭の中が真っ白になった。私とこうすることが目的だったんだと気付いたの。その場から逃げ出したかったけど、朝まで待って一人で帰ってきた」
「貴史さんはなんと言ってくれたんですか?」
「うん、いい勉強になったって。きっと私を本当に愛してくれる人が見つかるから忘れろって。貴史案外大人なのよね。だから洋子さんとは絶対に結ばれているって感じたの」
「私は・・・修学旅行で二人きりになったときから早く結ばれたいと貴史さんに積極的になっていました。母にもその事は話しました。貴史さんが私のことを好いてくれているから、焦らないことよ、と言ってくれましたので安心しました」
「素敵なお母様ね。私も母にすべてを話せば良かった。同じ女性だもの一番良く理解出来ただろうにね」
「そう思います。早く立ち直ってくださいね。お姉さまに素敵な彼さんが見つかりますように祈っています」
「あら、簡単に言うのね。あなたのように美人じゃないから大変なのよ、私は」
聞いていた由美が口を挟んできた。
「恵子さん、あなたはご自分が思われているより人から見たら可愛いって思いますよ。気持ちが優しいからきっと好かれますって、すぐ見つかりますわよ」
「おばさま・・・ありがとうございます。勇気が出ます。貴史との縁ですが私とも仲良くして下さい、洋子さん」
「はい、是非いろいろ教えてください」
「私が教わりたいわ、ハハハ」
貴史は二人が何を話しているのだろうとちょっと気になっていた。
「何を話しているんだい?姉ちゃん」
「あなたは知らなくていいことなの。戦争のことだけ考えていなさい!」
「酷いことを言うなあ、相変わらず。どうせ振られ話を聞いてもらいたかったんだろう?」
「貴史さん!お姉さまに言いすぎだよ。女の気持ちをもっと解ってあげなさい」
「洋子まで味方しているのか?男は損だなあ・・・」
「損得じゃないわよ。デリカシーの問題よ」
洋子に鋭く言われて返す言葉がなくなった貴史だったが、しんみりとしている恵子の顔を見て、ちょっと女っぽくなっていると感じた。
「姉ちゃん、ゴメン調子に乗りすぎた。勘弁してくれ」
「貴史、いいのよ。私は元気だから」
「良かった。姉ちゃんは綺麗だよ、自信持っていいと思うな。洋子よりおっぱいも大きいし」
「こら!貴史。そういうことがデリカシーが無いって言うんだよ。仕方ない子ね。褒め方が悪い!嬉しくなくなってしまうよ」
洋子は一番気にしていることを言われてちょっとショックに感じてしまった。恵子が慰めてくれたがしばらくは貴史と話す気になれなかった。
列車はやがて新宿に着いた。中央線に乗り換えて佳代と美枝は岡谷に帰っていった。洋子と由美は地下鉄に乗り換える為に貴史たちと別れた。皆がそれなりに楽しめた伊豆旅行だったが、洋子一人だけは最後に寂しい思いになってしまった。帰りの地下鉄の中で母親の由美は元気のない娘にそっと声をかけた。
「洋子、気にしているの?貴史さんが言ったこと」
「ずっと自分では気になっていたから・・・」
「私が小さいからあなたもそうなのよね。ゴメンなさいね」
「お母さんが謝ることじゃないよ。気にしている自分が情けないの。関係ないって思いたいのに」
「無理にそう思わなくても構わないのよ。人間って長所もあれば短所もある。開き直ってそれがどうしたって思えば?洋子には誰にも負けない笑顔があるじゃない!お母さんはそれが自慢なの」
作品名:「夢の続き」 第七章 体験話 作家名:てっしゅう