舞~紅と黄金~
「私、まだ勤務中です。大きな声では言えませんが、奥に先輩も居ます」
口の前に人差し指を立て、小声で話し始めた。
「実は、僕も探したんです」
男は、ポケットから携帯電話を出した。
そのストラップは、マチコのものと同じものだった。
「仕事の時は、スマートフォンを利用することがほとんどで、こっちの携帯は、一応プライベート用なんです。ここにあなたのオトナシ マチコさんの登録をしてもいいですか?もちろん任意です。この書類は個人情報ですから必要なくなれば責任をもって破棄します。
赤外線通信で僕の情報送りますから見てください。仕事がら簡単に身分を明かしてはいけないので【NO】の場合は、ここで削除をしてください」
マチコは、送られたデータを眺めながら爪先を噛んだ。
「リミットは?」
「僕の勤務時間内で。二十四時間勤務ですが、すでに六時間経っています。残りは十八時間というところです」
マチコは、クスリと笑った。
「私もお腹が空いてきましたので十八時間はちょっと。それにこのスチール椅子は、お尻が痛くなりそうです」
「そうですね。冷えますしね」
「お返事は、これでいかがでしょう?」
マチコは、自分の携帯電話を向け、赤外線通信で自分データを送った。
「登録するのは、任意です」
男は、片手の持った携帯電話のキーをもう片手で押した。
キーが壊れるのではないかと思うほど指先に力が入っているように見えた。
「そ、それでパスケースは、とりあえず打ち切りという事でこちらの書類は破棄致します」
ちょうど、先輩の警察官が奥から顔を出した。
「あ、はい。では。どうも。また。いや。ありがとうございました。失礼します」
マチコは、スチール椅子が倒れ掛かるほどに勢いよく立ち上がると、交番を出た。