Da.sh
高校1年の10月1日。学校の文化祭初日は帰りが早かった。
玄関を入ると強烈な不快臭が押し寄せてきた。
不審に思い臭いの元をたどると、和室の欄間に架けられたロープに父がぶら下がっていた。
紫色となった顔の中の眼は大きく見開かれ、赤く充血していた。口を大きく開き、舌がこんなに長い物かと思うほどに飛び出ていた。大便の臭いと床を濡らしている尿の臭い。
そしてそばには、へたり込んで失禁している母。
頭の中が真っ白になり、しばらく立ち尽くしていた。
手から離れた鞄が ゴトン と立てた音に我に返った。
「かあさん」
弱々しい声しか出せなかったが、母は動かない。死んじまったのかと思い前に回り込みのぞき見ると、どこも見ていなかった。焦点の合っていない眼を不規則に動かしているだけだった。
父は自殺と断定された。遺書があったのだ。
父が勤めていた金丸金属工業で3億円の横領事件があったことを知った。経理部の課長だった父に疑いがかけられ、もう逃げられないと知った父は命を絶ったのである。
13年前のことだ。
父が死んだことで事件は不問となった。会社は告訴しなかったのだ。母子を哀れに思ったのか会社は、わずかの退職金を支払った。
しかしどう考えても自殺をするなんて考えられなかった。その時までの父はいつもと変わりなかった。冬休みには家族で、スキーに行く計画まで立てていたのである。
父の同僚でかつ友人であった人から聞いた話では、課長の立場では大金を動かすことはできないはずだ、と。またそのお金をどうしたのかも分からない。
母は時々異常行動をとるようになり、父の死後1年が経とうかという雨の日に、走っている車に跳び込んで死んだ。
花柄の母愛用の傘は、ボロボロになって道路端に転がっていた。雨水をいっぱい貯め込んで。