Da.sh
話は1週間前に遡る。
新年度を迎え、満開の桜に浮かれた気分が漂う4月12日、午後1時。
大賀渉は、日本橋茅場町にある金丸金属工業の東京本社を訪れた。
「月資源開発機構の大賀と申します。社長にはアポイントをとっております。よろしくお願いします」
受付嬢は、値踏みをするような一瞥をサッと投げかけると受話器を取り上げ、来客の旨を告げた。
秘書室につながっているのであろう。
電話機に向かって頭を下げると受話器をフックに置き、先ほどは見られなかった満面の笑みを顔に張り付けたまま、しばらくお待ちくださいと告げた。
30秒を経ずに現れた女性も受付嬢に劣らぬ美人であった。姿勢正しく、私服であろうモスグリーンを基調とした丈の長いワンピースを、ゆったりと身に着けていた。社長の好みか人事部の好みか、会社の傾向がうかがえる。
エレベーターホールに案内されるとエレベーターの扉は既に開いていた。
女性は8階のボタンを押すと、ブリーフケースを下げた大賀ひとりを箱に乗せて扉を閉めた。わずかの時間でも二人きりになれることを期待したのだが、無念の気持ちを抱きながら8階に到着した。
扉が開くと、黒いパンタロンスーツを着た別の女性が頭を下げて待っていた。
毛足の長い赤い絨毯の上を足が沈む感覚にとらわれながら、女性のプリッと持ち上がった形のよい臀部が、左右にリズムよく振られるのに目を合わせて付いていくと、最奥にある部屋へ案内された。
あわてて視線を上げるとそこには〈社長室〉というプレートが貼ってある。
「お待ちしておりました、大賀さん。どうぞおかけになってください」
社長の金丸幸蔵は、包み込むようなバリトンの声を響かせながら椅子から立ち上がると、わずかな書類が置かれているだけの大きな机の縁を回ってソファを指し示し、大賀を坐らせると向かい側に腰を下ろした。
大賀は、前に置かれているガラス張りのテーブルに名刺をすべらせて、渡した。金丸も名刺を差し出すと、名刺と大賀に交互に視線を向けながら、
「お見受けしたところまだお若いのに、開発機構の所長さんですか。いやいやそれはともかく、大臣直々にお電話を頂きまして、天にも昇る気持ちでしたわ。よくぞわが社を指名していただけたと感謝しております。いつも3番手あたりにあって、後塵を拝してますからな」
60歳を超えた金丸ではあるが、30歳そこそこの大賀に対し慇懃に言葉を紡いでいく。