Da.sh
久しぶりに越谷の家に帰った守は、自分の部屋の入口に立ってグルッと見回した。叔母が時々やってきて窓を開けたりカーテンを洗ったりしてくれているおかげで、傷みは少ない。
壁に張ったままになっている色褪せたモーニング娘のポスター。
空気が半分抜けてしまったサッカーボール。
勉強机の上の雑誌類。
本棚には父に買ってもらった宇宙に関する本や図鑑が並んでいる。村上春樹の単行本が数冊。
その隣にある『小さな恋のものがたり』(みつはしちかこ作)を取り出し、じっと見つめて少し迷ったが、背負っていたザックに入れた。
台所のテーブルには、叔母のメモが乗っていた。
きちんと食事はしていますか
いつでも食べにいらっしゃい
たまには顔を見せてほしいの
守は持っているノートから1枚はぎとって、テーブルの上に乗ったままになっていた鉛筆を取り上げ、冷蔵庫を見つめながら言葉を捜した。
外国へ行きます。日本にはもう帰ってきません
この家は、中の物も含めてすべて処分してください
お手数をかけて申し訳ありません
体には気を付けて、長生きしてください。
父の分と母の分と
もう一度家の中を見てまわった。
父が首をくくった場所。床に付いたシミはうっすらと残っていた。
――父さん、まもなく仇は取ってやるぜ。母さん、ごめんな。
外に出てもう一度振り返り、家の外観と小さな庭を眺めた。
駅に向かう途中、声をかけられた。
「渡辺君! 渡辺君よね?」
自転車の前かごにスーパーの袋を積んだ女性だった。
誰だろう、と考えていると、
「響子よ、守君よね!? 帰ってきたの?」
黙ったまま立ち去ろうとした。
響子は変わっていた。
いつも日に焼けて黒かった顔が、こんなに美人だったのかと胸が高鳴った。しかし今、俺に関わらない方がいいのだ。
「人違いですよ」
と言い残して駅に向かった。
背中に熱い視線を感じながら。