小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

人生初修羅場

INDEX|5ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

 俺は、あまりにもなにもできない気がした。
 勉強は、人並み以上にはできた。性格だって悪くないと思ってるし、かといって危ないところに踏み込んでそこで会った人皆を信用するほどお人よしではない。むしろ、警戒心は強いほうだと思う。仕事だってできなくはない。母が望んできたように、堅実に普通に生きていくために必要な能力は、たぶん全部それなり以上にある。
 だけど、それ以外ができない。別にガリ勉ではないと思うし、遊びたいのを我慢した覚えもない。けれど、普通なら学生までにやっておくような「ちょっとした冒険」みたいなものを、俺はここまで何一つやってこなかったのだ。大学時代の友達のような違法風俗巡りはやり過ぎにしても、せめてもう少し、遊び方のひとつも身に着けておいたほうが良かったのだろうか。
 それを思うと、俺にちゃんと同性の恋人がいたことさえ、奇跡のようなものだったのだ。荘一以前に好きだった人は、勿論いた。十八年間片思いのひとつもないほうが珍しいと思うし、小学校に上がるか上がらないかの頃に母が俺がゲイであることに気づいていたのだから、初恋はそのあたりだろう。あまりにも遠い過去の記憶過ぎて、どんな子だったかすらほとんど記憶にないのだけれど。だけど、告白したことは一度もなかった。
 小中高で好きになった相手は、みんな仲の良い友達だった。友達関係を壊したくなかった。かなりの高確率で、受け入れられないのはわかってた。だから、言わなかった。
 でも、たぶん俺は、一度友達になってからじゃないと、恋をしないと思う。一目ぼれをしたことは一度もない。見た目や雰囲気が好みなだけで、一体どういう人間なのかを全然知らずに恋ができるなんて、あまりにも危険なことに思える。
 勿論、仲のいい友達が全員恋愛的な意味で好きなわけではない。友達としては最高でも、そういう意味で好きにならなかった奴のほうが圧倒的に多い。だけど、好きになった相手は、この臆病者の俺が好きになれるくらい、どういう人間なのかを知ってる奴なわけだから、もれなく友達だった。だから、言えなかった。
 一度、男に告白されたこともあった。顔は結構好みではあったのだが、俺は相手を全然知らなかった。かろうじて、同じ学部の同期であることを知っている程度だった。そんな関係でどれだけ俺のことをわかっててどこを気に入ったというのか。そんな状態での告白も信用ならないが、逆に俺と面識を持たないまま俺のことを調べ上げてその上で本気で好かれていたのだとしても、それはそれで不気味だったので、俺がゲイだということも言わず、丁重にお断りした。見知らぬ美少女に唐突に告白される、というのは漫画では良くあるシチュエーションだけれど、どうしてアレがうれしいのか、俺には未だに理解できない。
 荘一がバイセクシャルであることを知ったのは、本当に偶然だった。
 いつも使うビデオレンタル店、奥のカーテンの向こうのAVコーナーの、そのさらに隅っこにあるゲイ向けAVのコーナーで、俺とあいつはばったりと出くわしたのだ。そこは大学から遠く、コーナーがとても人目につきづらいのでよく利用していた。俺以上にアパートからその店までの距離があったのに、どうして頻繁に会うのだろうとは思っていたのだが、俺と同じ理由だったのだ。その時点では奴のことを好きでもなんでもなかった。
 そういえば、どうして俺とあいつは、付き合うことになったんだったっけ。
 あいつが好きな映画みたいなドラマチックな事件はなかったし、俺の好きな映画みたいな一大スペクタクルもなかった。それぞれ教養が終わって学部に上がって、共通の講義が教職科目ぐらいしかなくなっても、なんとなくつるみ続けて、たまに一緒に遊びに行ったりもしていた。映画を見に行ったこともあったし、何を思ったか郡内バスの一日乗車券を買って、サイコロの旅ごっこをしたこともある。うっかりものすごい山奥で終バスになってしまい、仕方がないからそのあたりの温泉に一泊した。そのときもなにもなく、ただのんびり温泉に浸かったり、スコアがあってないようなもんの卓球勝負をしたり、好意的な言い方をすれば昭和レトロな雰囲気漂うゲームコーナーで何世代前かわからんような格ゲーをやったり、初めて目にするインベーダーのテーブル筐体(現役で稼働中)に驚愕したりして過ごした。お金がないので同じ部屋で寝たけれど、特に何もなかったし、あいつのことは完全に友達だと思ってた。
 だけど、あれは三年生のときだったけか。本当になんとなく、いつものように一緒に飯を食っていて、「付き合わないか」と言われた。俺は「いいよ」と答えた。それまで、特にそういう対象として意識したこともなかったのに、どういうわけかそれが妙にしっくりきたのだ。後で荘一が言うには、「飯食ってる途中までそんなつもりはなかったのに、気づいたら、そんなことを思ってた」という。どう考えても奴の好きな類の映画や小説の題材には到底なり得なさそうな付き合い始めだった。
 考えれば考えるほど、さびしくて惨めになった。冷静に落ち着いて話し合えばよかったんじゃないのか? たとえ、結論が「ホントに浮気されてた」だったとしても。
 あいつが嘘をついたのは確かだ。だけど、そこで逃げ出すのも多分正解ではなかった。
 こちらから謝る筋合いはない。だけど、話し合いたい。でも、なんて言えばいい?
 どうするべきかが自明じゃない状況で行動するのは、本当は嫌だった。成功の確率がある程度計算できて、そしてそれがそれなり以上に高くないことは、したくない。
 でも、ここでうだうだしていても、何も変わらないのはわかってる。あいつが俺を探しに来て、見つけてくれるなんて思っていない。探してくれている可能性はあるけれども、そもそもこの界隈のネットカフェだとあたりをつけて、この店を探し出して、更にその中で、今俺がいるブースを探し当てるなんて不可能だ。一発で見つけられなけれずにあちこちのドアを開けて回ったりなどすれば、たちまち不審者と判断されて店から叩き出されるだろう。GPS情報を外部から勝手に引き出せるような怪しげなアプリを携帯に入れられた覚えはないし、俺の携帯はガラケーだし、そもそも携帯自体を忘れてきたことに今気が付いた。
 帰ったほうがいいかな。
 まだ課金の節目の時間には中途半端に残っていたけれど、俺は立ち上がった。何をするにしても、一度家に帰るのが最重要な気がした。
 嘘をついたのは、荘一だ。俺から謝る筋合いはない。向こうが何も話さないなら、それをそれとして受け入れられるほどにやわらかい頭にはできていない。浮気癖があるような相手とは付き合えない。痴情のもつれは金や病気、刃傷沙汰までどんな厄介ごとにでも繋がりうるし、それにあいつは、――女性を好きにもなれる。子どもだってできる。そんなことになろうものなら、厄介ごとどころの範疇では済まないだろう。
 でも、理由があったのかもしれない。いずれにしろ、それを明らかにしないまま、このまま話し合いのひとつも持たずに別れていいような相手じゃない。
 こんなことで、さよならしたい相手じゃない。
作品名:人生初修羅場 作家名:なつきすい