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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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人生初修羅場

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 ひょっとして俺はそういう生き方に憧れているんじゃないか。そう、荘一に言われたことがあった。ビデオレンタル屋で、B級アクション映画ばかり何本も借りているところでばったり出くわしたときだ。まだ付き合う前、それどころか、俺がゲイで、あいつがバイセクシャルであることを知るよりも前の話だ。俺たちが仲良くなったきっかけは、映画好きという繋がりだった。
 その言葉を俺は笑って否定した。それを言ったらお前はどうなんだよ、と言ったら、荘一は何本もの恋愛映画の入った籠を片手にばつが悪そうに笑った。その一ヶ月ほど前に、荘一は「誕生日を忘れた」という理由で、彼女にふられたところだったのだ。
 そこまで考えたところで、はっとなった。がくりと肩が落ちた。思春期真っ只中の中高生じゃあるまいし、どうしてこうもこうも、あらゆる思考が、荘一に繋がってしまうんだ。四六時中相手のことばかり考えているような大人は、まずいない。それが許されるのは子供の間だけだ。
 情けなくて涙が出そうだったけれど、泣いたらきっともっと情けなくなるに違いない。なんとか堪えて、歩みを進め続けた。特に行くあてもないのに。
 ひたすら無様で、情けなくて、どうしてこうなってしまったんだろうという感情が溢れて、だけどそれを、だいたいの人なら中高生、せいぜい大学ぐらいのうちに体験して、こんな年になる頃にはもう免疫がついているはずのことなのだろうな、と頭のどこかが冷静に分析している。情けない。でも正直なところ、こうも思う。予防注射は、自力でその病気を跳ね除けるだけの体力があるか、一生その病原体に触れることがないのであれば、いらないのだ。触れないで生きていけるならそれでいいじゃないか、と、今だって思ってる。そして母が自分自身そうやって生きてきて、俺をそういう風に育てたのは、病気で言うところの生まれ持った抵抗力や体力に相当する何かに対して自信がないからなのかもしれない。母も俺も、突発的な事態に対応したりする能力は、決して高くない。
 いい年してたかが恋人と喧嘩した程度でこんなにぐだぐだになってることが、情けなさ過ぎて、考えても考えても思考が同じところで無限ループする。それすら曲がり角を間違えて駅から一キロ足らずの目的地にたどり着けずに三時間同じところをぐるぐる回り続けた前科のある荘一の方向音痴と結びついてしまって、自己嫌悪の海にどっぷりと沈んでいくしかない。
「馬鹿みたいだ」
 思わず声にして、それを耳にして、尚更へこんだ。ああもう、本当にどうしてこんなことになってしまったんだろう。
 そもそもの発端は、あいつのはずだ。別に誰かとふたりでいたことが問題ではないし、そこまで心は狭くはない。
 どうして、隠す必要があった? 残業だったと嘘をついたのはなんでだ? そのことを確認したら、明らかに動揺した理由は?
 どう考えてもあまり良いこととは思えなかった。一番考えやすいのは、考えたくないけれど浮気だ。もし他の友達とふたりきりで遊んでたら俺が気を悪くすると思って隠されていたのだとしたら、それはそれで俺をどれだけ狭量だと思っているんだという話で嫌なのだが。
 浮気。
 ふと、その言葉がヘドロみたいな思考の中からごぷりと音を立てて浮かび上がった。頭が変な方向に振り切れているとは思ったけれど、止められなかった。
 ぎりぎりで信号が目に入るぐらいの高さまで落ちていた目線を上に上げると、気づけば飲み屋街のメインストリートを少し外れたところだった。どこかは知っている。来たこともある。だけど、来たことがあるだけだ。所謂、ゲイタウンである。
 ほとんど足を踏み入れたことがないのは、用がなかったからだ。いまどき大体のものはネットで買えるし――俺が学生の頃これだけブロードバンドネットワークが普及していたら、わざわざ家から遠く離れたビデオ屋で荘一と出くわすこともなかったんだなと思って、また情けなくなったけれど――、外で酒を飲むのも、羽目をはずしてしまうのが怖くてあまり好きではない。そしていきなり知らない人に交際もしくは遊び目的で話しかけるなんて、できるはずがない。ナンパなんてしたこともないし、されたとしても、男女問わずできる限り穏便に丁重にお断りしている。自分からするのは論外だし、そういう目的をいきなり持って近づいてくる人と自分の気が合うとは思えないからだ。
 ……荘一は、どうなのだろう。ふと思った。そういえば聞いたことがない。俺のひとり前に付き合った人が、例の誕生日を忘れたことが理由で振られた、奴の学部の同期の女の子だということは知っているけれど。それだってこちらから聞いたわけではなくて、リアルタイムで当時友達だったから知っていただけのことだ。俺と付き合いはじめたころはフリーだった、少なくとも特定の相手がいたわけではないことは確かだ。ナンパとか、したことあるのだろうか。二股とか浮気とかは?
 してたら、嫌だな。でも、されてるかも。
 いっそのこと、俺も浮気してやろうか。なんだかもうやけくそな気分になって、俺はそんなことを考えた。幸いにもお誂え向きの場所ではないか。普通の街中だったらそんなことは思わないだろう。どれだけ頭のネジが吹っ飛んでも、女性をそういう対象としてみることはできないし、そこらへんを歩いている好みのタイプの男がゲイかバイである確率は、少なくともやけっぱちでぼんやり歩いていて交通事故に遭う確率よりは低いだろう。
 だけど、ここだったら。少なくともその問題はないわけで。
 ぐるりと、まわりを見渡した。ある意味女性が安心して遊べる歓楽街ということで、バーなどに入っていく女性の姿もないわけではない。それでも、ほとんどが男だ。
 あとは、自分がどうするか次第だ。
 できる限り暴力的な雰囲気の漂っていない人がいいな。
 病気がないかどうかは確かめようがないから、ゴムは使ってもらおう。
 ナンパと見せかけた物盗りや美人局だったら、危ないと思った時点で逃げよう。
 俺は、もう一度、ぐるりと周りを見渡して、そして、大きく深呼吸をした。
 
 
 
 三十分後。
 俺は狭い個室にいた。テレビがある。安っぽい寝台がある。壁の向こうの人の声が妙に耳につく。
 そうここは、ネットカフェだ。間違ってもいかがわしい類のホテルではなかった。
 迷ったのは、限りなくほぼ一瞬だった。
 できる限り暴力的な雰囲気の漂っていない人がいいな、と思ったが、なにしろ初見で見分けられる自信がなかった。
 病気がないかどうかは確かめようがないから、ゴムは使ってもらわない選択肢はないと思ったけれど、使ってくれなさそうな場合に、逃げ出して逃げ切れる保証もない。
 ナンパと見せかけた物盗りや美人局だったら、危ないと思った時点で逃げなければいけないけれど、気づいたときには手遅れになってるだろうな、というわりと残念な確信があった。
 極力、トラブルを元から避けるようにしてきたから、そのトラブルの気配に対する嗅覚もなければ、避けられなかった場合に対処できる自信も、かけらもなかった。
 だいたいの人はトラブルには巻き込まれない。わかってる。だけど、そこにほんの少しでも不安があるのなら、俺は動けない。
作品名:人生初修羅場 作家名:なつきすい