小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
てっしゅう
てっしゅう
novelistID. 29231
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

「忘れられない」 最終章 本当の始まり

INDEX|3ページ/3ページ|

前のページ
 

この二年で有紀の身体は少し太ったと仁美は感じた。岡崎の時のような惚れ惚れする肢体ではもうなかった。

カラオケルームは平日でも混んでいた。泊り客の多くが楽しみにしているのであろう。やっと順番が回ってきて、有紀は歌いだした。決して上手くはないけど、情感のこもった唄い方で聞く人の心に沁みた。

「よかったわ!なんかとても悲しい歌ね・・・最後の『くちびる私に置いてゆけ』♪というセリフ、解る気がする・・・女心なのよね」
「ええ、そうね。私もこの歌は女心をとても良く表わしていると思うの、だから・・・好き」

仁美の「別れの朝」は名曲だ。聴いていて有紀の心に深く沁みた。それにとても歌が上手かった。初めて聴いた有紀だったが、まるで歌手が唄っているように思えた。みんなシーンとして聴いていた。

「素晴らしい歌声だったわよ!仁美さん、歌手だったの?」
「褒めすぎよ・・・合唱部に入っていたことがあるぐらいよ。しばらく唄ってなかったけど、若い頃は良く口ずさんでいたの」
「そう、これからはあなたの歌が聞けるのね。楽しみが増えたわ」
「私だってそう。混んでいるから今日は一曲でいいわ。お部屋に戻りましょうよ」
仁美の誘いに席を立った。部屋に戻ると急に眠気が襲ってきた。
「仁美さん、悪いけど眠くなっちゃった。先に寝るわ、ごめんなさい」
「いいのよ気にしないで・・・疲れたのよね。ゆっくり寝て構わないから」
「うん、じゃあ、明日ね」

仁美は有紀の寝顔を見ながらつくづく人の出会いって不思議だなあ、と感じていた。数年前までは全く知らなかった二人なのにこんなに親しくお互いに離れられない関係になっているのだ。いま自分が安田との復縁で幸せに感じているから、この先有紀にも幸せになって欲しいと願わずにはいられなかった。

有紀の手を握って、「ありがとう。あなたが居なかったら私は一生幸せとは縁のない人間になっていた。好きよ・・・心から有紀さんのこと・・・」小声で呟いた。


東京周りで帰ってきた二人はそれから時々駅前にあるカラオケボックスに通った。仲間がだんだん増えてゆき、いつしか五六人でいつも唄うようになっていた。介護の仕事ははっきり言って充実していたが、ストレスも感じていた。有紀にとって唄うことはそれらを発散させる良い方法になっていた。

ヘルパー仲間とも唄いに行く。男女問わずこの年齢になると分け隔てなくいろんな事が楽しめる。カラオケを始め、ボーリング、映画、ちょっとした旅行なども出かけられるようになっていた。

独身だと解ると誘われることも何度かあったが、振り向く事はなく、通り過ぎていった。毎年12月24日は妙智寺へ供養に行く。もう一人で般若心経を読めるようになっていた。2010年七回忌の法要を安田夫妻出席の上で執り行われた。全てが終了して有紀は挨拶をした。

「2003年夏に行なわれました肝臓の手術で一旦は回復した明雄でしたが、その年の11月24日に帰らぬ人となりました。どうして良いのか解らずに泣いて暮らしておりましたが、一月ほどしてこの妙智寺の先代住職重徳様にお会いして、心が晴れました。私にとって・・・いや、私と明雄にとって忘れられないこの場所で、七回忌を執り行えましたことに深く感謝申し上げるとともに、ご出席の安田さん、仁美さん、それにお世話になりました住職様、本当にありがとうございました」

有紀は言い終えると深く頭を下げた。

「有紀さん、ご苦労様でした。これでひとまずは安心ですね。今度は13回忌そして25回忌ですね。健康で長生きしてここに来れるようにしないと・・・ね」
「仁美さん、そうね。そう言って頂けると嬉しいわ。ご住職その折はまたよろしくお願いします」
「かしこまりました。父からもよしなにと強く申し付けられておりましたので覚えておきます。妻もこの日を楽しみにしておりますし」
「ありがとうございます。そうですわ、ご住職も奥様とご一緒に大阪に遊びに来てください。歓迎しますから」

みんながそうだと言って、歓迎を表わした。住職は妻の顔を見てニコッと笑って返した。
「ありがとうございます。妻だけでも行かせますので、その時はよろしくお願いします」

「では、皆様お気をつけてお帰り下さい。外は寒くなっておりますので車で駅まで送らせて頂きます」
「それは助かります。では私は来年寄せて頂きますので」
「はい、承知いたしました。石原様もお身体を大切になさって下さい」

石原有紀、今はそう名乗っている。婚姻届は正式に出していた。新婚生活は短かったが、有紀は石原を名乗ることで自分の中にずっと明雄が居るように感じられた。

年が明けて2011年。寒い日が続く。有紀は朝早く起きて毎日ジョギングをしてから、仕事に出掛ける。身体を結構使うので準備体操代わりになっている。今年の誕生日で59歳になる。もう昔のように若くはない。仁美だって、56歳。若いつもりでも二人で並ぶと・・・どう見てもオバサンだ。

「おはようございます」元気に声を掛けて介護の仕事に就く。もう以前のように明雄との恋愛話にも涙は出ない。聴いてくれたおばあちゃんだけが泣いている。有紀は「可愛い」と感じるようになった。それは、その涙が娘の時と同じ質に感じられたから。楽しかったことを思い出すのか、悲しかったことを思い出すのか、人によって異なっていたが、純真で輝いていた娘時代のことに相違はなかった。

「女は死ぬまで女」そう言った人が居た。
有紀の心の中もずっと女でいる。石原明雄という、
「愛のあなた」が存在し続けているのだ。