夏風吹いて秋風の晴れ
いきなりの提案で
車の止まる音がして、その車のドアを閉める音を二人で耳を立てて聞いていた。
なぜだか二人で体を寄せて息を呑んでって感じだった。
そして、それはすぐにあっけなく、大きな声で俺と直美の耳に届いていた。
「せーの、おとーさん、おかえりなさーい」
せーのって声は弓子ちゃんで、それからは叔母も入れて、そして小さな純ちゃんの大きな声も一緒だった。
「よかったぁー どきどきしちゃったぁー 」
俺の手をぎゅっと握り締めて近くに顔を寄せて直美が大きな息を吐きながら俺にだった。
「うん」
俺も、知らない間に息を止めていたらしく同じように少し大きく息をしながらだった。
「ねぇ劉、急いで靴とってきて、わたしのもよ」
「えっ」
「いいから、いいから 早くぅ」
直美に腕を押されながらだったから、意味もわからずに急いで玄関に向かっていた。玄関に行くとかすかに叔父や叔母や弓子ちゃんたちの声が聞こえていた。
弓子ちゃんと純ちゃんがきれいにした叔父の自家用車を囲んで話をしているようだった。
何を話してるのかは気になったけど、急いでって言った直美の言葉があったからあわてて靴を両手に抱えて玄関に背を向けていた。
「ねぇー こっちぃー」
なんだか、泥棒みたいな格好で直美の声のするほうを見ると、直美もあわててカバンを抱えましたって顔で庭に続く廊下に立っていた。
「帰っちゃおう、逃げ出しちゃおう」
直美が、うれしそうに、いたずらっ子みたいな顔で口にしていた。
「えっ?」
「いいから、早くぅー」
あわてて靴を庭に出して直美と一緒にそれに足を入れていた。靴を履くと直美に手を握られて隣の教会に続いている小さな木戸を開けて、あっというまに教会の緑の芝の上に立っていた。
「間に合ったね」
にこっと笑いながら後にした洋館を直美が眺めながらだった。
「いきなりだなぁー」
「だってさぁー もう、わたしたちって、おじゃま虫でしょ?」
笑顔をみせながら得意そうな直美の顔だった。
「まぁー そうだけど・・」
「いいから、早くもっと離れないと」
言われて、また すぐに手を握られてどんどん叔母の洋館から離れていた。あっというまに、もう教会の広い庭の真ん中を過ぎて、大聖堂の前まで来ていた。
「うん、もう叔母さんちから 見えないかな・・ここ見えないもんね」
顔をおそるそそる洋館に向けながら直美がだった。
「うん、ここは見えないから・・」
「ねぇー ちゃんと劉も聞こえた?みんなで、おとーさんって言ったの?」
「聞こえたよ、ちょっと揃ってなかったけど・・」
「うん、でも、最初だからしょうがないよ、それより、余計なおせっかい言っちゃったかなぁーって思ったけど ほんとに、良かったぁー どきどきしちゃったぁー 心臓の音が聞こえそうだったもん」
「おれも、なんだか息とめてた・・」
「わたしも・・」
「でも、良かったね、で、このまま逃げちゃうんだよね・・・俺たち」
「うん。おいしいご飯作ってあげるから、早く帰ろう」
「俺が作ろうか?たまには・・」
「いいって・・マーボー豆腐がいいんでしょ?それならわたしがだもん」
「そっか、あれ うまいんだよなぁー」
「でしょう、ちょっとあれは自信作ですから」
小さく笑顔を見せながら直美が返事をしていた。
それからすぐに二人で教会の大聖堂に背を向けて歩き始めると、すぐに小さな声の聞きなれた声が背中からだった。
「あいかわらず、あんさんら おもろいでんなぁー いきなり走ってきて・・」
小さな声だったけど、それは振り返って顔を確かめるまでもなく、ステファンさんだった。
「はぃ、おもしろっくって いいでしょ?ステファンさん」
直美がうれしそうに振り返って口にしていた。
「そうやなぁー なにがあったかわかりませんけど、また、おもろいことでもしてきはりましたんでっかぁー 直美さん?」
「はぃ、そんなようなです」
「そうかぁー もう帰りますのか?っていうか、逃げ出しますのか?ずっと見てましたけど、どうにも泥棒があわてて逃げてきたように見えましたで・・」
「はぃ、逃げてきたって感じです。で、今日は家にかえって早めに晩御飯でのんびりですよ」
「そないかぁ。ええなぁー 今度わても呼んだってな、直美さん?」
「はぃ、いつでもどうぞ、今日、祝福してもらったこのお礼に」
直美が首にかかった新しいクロスのネックレスに手を触れながらだった。
「お礼にってのは、いらんわぁー まぁー いつか食べさせてや。長居はせんと帰りますよってな」
「はぃ、いつでもどうぞ」
「そうかぁー よろしゅうたのむわぁー で、ようわからんけど、わて、お隣さんとこのお茶でもよばれに行こうかと思ってたんやけど、いかんほうがよろしいでっしゃろか・・・どないですの?」
ステファンさんが俺の顔を覗き込みながらだった。
「うーん。今日は・・いかんほうがよろしいと思いますわ」
「なんや、変な関西弁でっか?そかぁ、いかんほうがよろしいか?そうですのか、ほんまですか、直美さん?」
「そないですなぁー 逃げてきた わたしら見たらそうでっしゃろ・・」
「あんたまで、変な関西弁でっかぁー そないかぁー ほな やめときますわ。わからんけど、いろいろあるっちゅうこっちゃな」
「はい」
直美がうれしそうだった。
「では、今日はありがとうございました。帰ります。また来ますから・・」
直美が口にして頭を下げていた。一緒に俺もだった。
「ほな、また、寄ってや」
「はぃ」
巨漢のステファンさんも小さく俺たちに頭を下げてくれていた。
それから、教会の出口に歩き出すと、叔母の声が遠くで聞こえていた。
俺たちを呼ぶ声だった。
二人で笑顔で顔を見合っていた。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生