夏風吹いて秋風の晴れ
昼寝の後に
目を覚ましたの、直美と叔母の小さな話し声でだった。
うっすら開けた目で腕時計を見ると30分以上も寝ていたようだった。
「いいえぇ、叔母さんおせっかいで・・ごめんなさい」
直美の声だった。
「いいえ、ありがとうね。あなたのように育ってくれれば、うれしいわ。弓子ちゃんも、純ちゃんも・・」
「大丈夫ですよ、いい子だし、それに叔母さんも」
「そういってくれるとうれしいわ。でも、これからも何かあったら、お願いね、直美ちゃん」
「わたしは、なにも出来ないですよ」
「そんな事言わないで、相談にのってね、これからも、ずっと・・・お願いね」
「相談なんて・・遊びには来ますから、これからも・・・いいですよね。今までどおりにご飯を食べにきても、劉と・・」
「あたりまえじゃない。遠慮なんかしないでね。劉ちゃんにも言っておいてね。あの子そういうところ、遠慮したりするから・・知ってると思うんだけど、息子を亡くして、昔、劉ちゃんをここに養子にって茨城のおにーさんのところにお願いに言って、あの子に直接断られたんだけど、それから、何年もずーっと連絡もよこさなくなっちゃたことあるのよね。知ってるでしょ?大学生になって、よく遊びにきてくれるようになって、うちのとほんとに喜んでたのよ。だから、また、今回のことで、変に気を回して、劉ちゃんが家に来るのを遠慮なんかされたら悲しいのね。お願いね、直美ちゃん、あの子を今までどおりにここに連れてきてね。やんちゃで優しい子なんだけど、神経質だから・・」
「はぃ、大丈夫です。それは任せておいてください」
ずっと、二人の静かなやり取りを聞いていた。
「ほんとうに直美ちゃんと劉ちゃんには感謝してるのよ。養女をこの家になんてことは、随分考えてなかったことなんだけど、あなたたち二人が2年ちょっと前からここによく遊びにきてくれるようになって、あの人もわたしも考え直したのよ。子供を持とうかって・・・ずっと忘れてたことを・・・お互いに触れないでいたことをね。感謝するわ。直美ちゃんと劉ちゃんにね」
「いいえ。でも、ほんとに良かったってわたしも思ってるし、今回のことは劉も喜んでますよ。自慢じゃないけど、劉のことはわかりますから」
「そう、良かったわ。そういってくれると。ほんとに・・・」
「叔母さん・・」
「ごめんさい・・・」
どうやら、叔母が涙を流しているようだった。見えなかったけど、そんな空気を感じていた。
「うぅーーん」
わざとらしくないようにって声を出して寝返りを打っていた。
「劉ぅぅう 起きたのぉ・・・」
遠慮がちに直美の声だった。
「うーん。よく寝たぁぁ・・」
「喉かわいてない?麦茶でもいただく?」
そばに歩いてくるのを感じていた。
「うん、もらおうかな・・」
「とってくるね」
目をあけて直美を見ると、もう後姿をみせて台所にむかっていた。
かわりに叔母の顔がこっちにだった。
「劉ちゃん、これからもよろしくね」
「えっ、なに言ってんの、あらたまっちゃって、叔母さん」
「聞いてたんでしょ?あなた」
「なにを・・」
とぼけていたけど、どうせわかってるんだろうなぁーって思いながらだった。
「いいのよ、ありがとうね。これからも ずっとね」
叔母の言葉に返事ができなくて、体を起こしながら、横に首をひねって答えていた。ほんの少し笑顔を叔母に見せながらだった。
「はぃ、麦茶。叔母さん、わたしももらっちゃったから・・」
すぐのコップを二つ持って直美が帰ってきていた。
「そんな事言わなくたって、どんどん飲みなさい、直美ちゃん。ゆっくりしてなさいね。ちょっとわたし、やることがあるから・・ごめんなさいね」
叔母は直美に笑顔をみせて後姿を見せていた。
「すいません、叔母さん」
「ゆっくりしてってね」
隣の部屋から叔母の声だけが返ってきていた。
「なに、叔母さんと話したの?」
言いながらコップを片手に直美が隣に腰をおろして笑顔をみせていた。
「いや、べつに」
「そっか。どうする?お茶飲んだら帰ろうか?平気?」
「そうだなぁー どこかに行く?買い物でもなにかないの?」
「ううん。まっすぐ帰ろう。のんびりしようよ、でも、夕飯の材料は買ってかえろう。何がいい?」
「うーん、そうだなぁー あっ、マーボー豆腐。あれ うまかったなぁー あれにして」
「うん、いいよぉ お豆腐いっぱい買わないとだなぁー 劉、すごーく食べるから」
「あれ、うまいのよ。うん、それで」
「決まりね」
「じゃぁ、少ししたら帰ろう」
「うん」
それから、二人で並んで麦茶を飲んでいた。すぐに叔母が、お煎餅を持ってきてくれていた。
「おいしいわよね、このお煎餅。直美ちゃんの遠縁のお店なんでしょ。おいしいから、無理いって劉ちゃんのおかーさんに送ってもらったのよ」
「やだぁ、叔母さんわたしに言ってくれればいいのに」
「前に直美ちゃんにもらって、急に食べたくなっちゃって、それですぐに電話かけたのよ」
「今度はわたしに言ってくださいね」
「はぃ、そうします。でも おいしいわよねぇ」
「はぃ。わたしも劉も大好きですから、これ」
俺は話にも加わらずに、先に手をだして、そのお煎餅をもう口にしていた。
それを見た直美が横から手をだして俺のおなかを小突いていた。
「まったく、もう 劉ったら・・」
「あっ、ごめん」
あわてて口を動かすのを一瞬とめて返事をだった
「劉ちゃんらしいわね」
叔母が笑っていた。
「あら、電話だわ」
隣の部屋から電話の音が聞こえていた。
席を立った叔母がその電話に出ていた。
どうやらその電話は叔父からのようだった。
しばらくして、煎餅を食べていた俺たちの前に戻ってきた叔母は、
「あと10分ぐらいで戻ってくるらしいから、帰らないでいるようにって・・」
「俺?」
「そう、言っておいてって・・・」
叔父にそんなことを言われたことはなかったから、めずらしいなぁーって思っていた。
「平気よね、直美ちゃんも?」
「うん、大丈夫ですよ。ねっ、劉?」
「うん」
ほんとに、なんだろうって思いながらだった。
「あっー 外・・・」
直美が大きな声をだして俺の肩をたたいていた。
すっかり 忘れていたことだった。
直美の目が、「終わったかな?」って間違いなく聞いていた。それはもちろん叔父の車のことだった。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生