夏風吹いて秋風の晴れ
声が響いて
「すいません。すぐですから・・・」
叔母さんが作ったお昼ご飯のおかずをお盆に乗せて運んできた弓子ちゃんがだった。
「ねぇ。ちょと、弓子ちゃん」
直美が、あわてて声を弓子ちゃんにかけていた。弓子ちゃんは料理の入ったお皿を並べながら、直美のほうを振り返っていた。
「はぃ、大丈夫ですから・・」
「あっ、ちがうの・・今ね、純ちゃんに、おかーさんて呼べるって聞いたら、うんって返事くれたのね」
「はぃ」
「でね、純ちゃんに、一緒に弓子ちゃんと、おかーさんって呼ぼうねって、今日からね・・・叔母さんのことって言ったのね・・・」
「はぃ」
「だから、もう、呼んじゃおう。ねっ!」
「今すぐにですか?」
ちょっとだけ、大きな声を弓子ちゃんがだしていた。
純ちゃんは座って、弓子ちゃんと直美のやりとりをわかったようなわかってないような顔で見ているようだった。
「だって、いいきっかけなんて、思いつかないんだもん・・なんでもいいから、呼んじゃおう。ここから・・・」
「うーん」
「唐突だけど、いいじゃない。そんなもん・・ねっ、。自然になんて出来てたら、とっくに出来てるんだから・・」
「純ちゃんできるの?おかーさんって言えるの?」
直美の言葉を聞いて、弓子ちゃんはかがみながら純ちゃんの顔を見て、ゆっくりと聞いていた。
「弓子おねーちゃんもでしょ」
「うん。言えるのね」
「うん。言えるよ。おかぁさん」
純ちゃんは弓子ちゃんの顔をみつめながら、あどけない顔で言葉を出していた。
「そっか。じゃぁ 一緒に言えるね」
純ちゃんはその言葉に、おおきくちいさな頭でうなづいていた。
かわいい風景だった。
「よし、じゃぁ、どうしようかなぁー 劉が叔母さん連れてきてよ。台所言って、こっちに料理を一緒に持ってきてよ。ねっ。それで、そこの入り口に立ったら、おかーさんて呼んじゃおう。どう?劉?」
「うん、いいよぉ」
座布団から腰を上げながら直美に答えていた。
「劉、わたし、なんか いい考え浮かばなくって・・」
直美がこっちを見ながらだった。
「俺もないから、それでいこうよ。どっちにしろ、強引でいいじゃん。不自然でもいいって・・結果が大事かな・・」
いい考えなんて浮かばなかったし、口にした通りに事実と結果が重要な気がしていた。いうことに意義があるってだった。
「よし、じゃぁ、立っちゃおう。それで叔母さんがそこに着たら、せーのってわたしが合図だすから。ねっ、それでいこう。純ちゃんできるかな・・・」
「うん」
「そっか。それでいいよね?弓子ちゃん?」
「あっ、はい」
大きな息をひとつ吐いて弓子ちゃんが直美に答えていた。
どうみたって、誰がみたって中学生は緊張していた。その左手にはしっかりと純ちゃんの手が握られていた。二人が和室の入り口に向かって立って、その後ろに、一緒に緊張した顔の直美が立っていた。
「じゃぁ、劉。呼んできてよ、叔母さん・・」
「うん、いってくるね、弓子ちゃん、がんばってね」
畳の上を叔母のいる台所に向かって歩き出していた。
こんなことで緊張するような性格じゃなかったけど、ひさびさになんだか、緊張している自分に気づいていた。2回も息を続けてはいていた。
「叔母さん、手伝うわ」
台所に入っていそがしそうにしていた叔母の後ろから声をかけていた。
「あら、弓子ちゃんは?」
「直美が、話があるみたいで・・」
「そう・・じゃぁ、それ運んでもらえる?」
「あっ、はい」
返事をしながら、俺が一人で戻ることになっちゃうなぁーって思っていた。
でも、どうにもだったから、お盆をによそってあったお味噌汁のお椀を乗せて、元の和室に向かっていた。
想像どおり、和室の入り口にもどると、緊張顔がこっちにだった。
「あっ、ごめん。もう1回もどるから・・これ・・」
間抜けな顔で、直美にお椀を差し出していた。
「ふぅー・・・」
直美がため息をつきながら、お椀を受け取って座卓の上に並べていた。
「じゃぁ、きっと今度は、叔母さんも・・・」
「あっ」
「えっ」
直美がだした短い声に反応して、俺も短く言葉をだしていた。
直美の目線と弓子ちゃんの目線が俺の後ろを見ているようだった。スリッパの足音がすぐ、そこにだった。
直美の早口な言葉がすぐにだった。
「いい、弓子ちゃん、せーのぉ」
「おかーさぁーん」
一瞬の空白のあとに声が響いていた。
息がいっぱいの声だった。
弓子ちゃんも、純ちゃんも、おまけに直美もだった。
綺麗にそろってはいなかったけど、それは しっかりと叔母の耳に届いているはずだった。
急いで後ろを振り返ると、叔母がかたまったように立っていた。
あわてて俺は、3人と叔母の間から体を引いていた。
「よし、もう1回、せーのぉ」
「おかーさぁーん」
さっきより大きく、力強く、綺麗にそろっていた。
純ちゃんはニコニコ顔で、弓子ちゃんは恥ずかしそうだった。
俺と直美は、それをうれしく眺めていた。
叔母はまだ、身動きできないでいた。
口を固く結んで、唇がかすかに震えて見えた。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生