夏風吹いて秋風の晴れ
本番前に
「終わったの?直美ちゃん?」
叔母が、1番前を純ちゃんの手を引いて戻った直美に聞いていた。
「えっと、乾いたらからぶきなのかな?そうだよね、劉?」
「うん、食事してから、ゆっくりでいいんじゃないかなぁー でも、叔父さんが帰ってくるまでには 終わりたいんでしょ?」
直美に言われて、それで、後ろから続いて家の中にはいってきた弓子ちゃんに俺が聞いていた。
「はぃ、それまでには・・」
笑顔で、すこし恥ずかしそうに答えていた。
「純ちゃんもがんばったもんね?」
直美が純ちゃんをソファー座らせながらだった。
「うん、洗ったよ」
純ちゃんがきちんと答えていた。
「さっ お昼にしましょ。おなか空いちゃったでしょ、劉ちゃん?」
「あっ、はぃ」
「すぐに用意するから、和室で待っててね、直美ちゃんも・」
叔母が台所に向かおうとしていた。
「あっ、わたしは手伝います」
直美が、いそいで返事を返していた。
「いいのよ、お客さんなんだから・・・」
「そんな、いつも手伝ってるじゃないですか・・お客さんって思ってないし・・」
「ううん。もう、弓子ちゃんに手伝ってもらうから、悪いけど、純ちゃん見ててもらえる?この前もそこで走ってて、あたま怪我しちゃったんだから・・」
「えっ」
直美が声を出して、見た純ちゃんのおでこには、たしかに小さな絆創膏が張られていた。
思わず直美と一緒のそれを見て、顔を見合わせて笑っていた。
純ちゃんはそれを、キョトンとした顔で見上げていた。
「じゃぁ、叔母さんお言葉に甘えて、純ちゃんのお相手してます。弓子ちゃんごめんね」
純ちゃんの手を引いて直美がだった。
「はぃ、ゆっくりしててください。すぐに 用意できると思いますから」
「うん、ごめんね、お客様じゃないのに・・」
「いいえぇー」
「うん、悪いね。お言葉に甘えるね」
直美の返事で、俺も一緒に3人で奥の和室にだった。
あいかわらず、しっかりと、はっきりとした弓子ちゃんの受け答えだった。
「叔母さん、なにからしますかぁー」
台所にすでに立っていた、叔母に向かって、弓子ちゃんの声が背中越しに聞こえてきていた。
「あっ、うーん」
直美が首を横に傾けながらこっちを見ていた。
「まっ、きっかっけがね・・」
「うん、きっかっけかぁー うん、なにがいいの?」
「なにがって、いわれても・・・」
「もう、強引でもいいかなぁ?」
「いいんじゃない?だって、自然にってなかなかだから、いまでも叔母さんって呼んじゃうんでしょ?純ちゃんもね・・」
「うーん、よし、強引でいいよね、うん、そうしよう?」
純ちゃんを座らせながら、いつもの元気な声を直美は出していた。
「いいんじゃないか・・」
「いいよね、おせっかいじゃないよね、わたし?」
「うん、いいと思う」
「うん」
にっこりと笑顔を直美が浮かべていた。
「ねぇー 純ちゃん?おかーさんって言える?」
「うん、言えるよ。おかーさん」
直美の言葉に無邪気な声だった。
「うん、言えるねぇー。もう1回いってみて?」
「おかーさん・・」
「もうちょっと 大きな声でいえるかな?純ちゃん?」
「うん、おかぁぁさん」
和室に大きな純ちゃんのくったくのない声が響いていた。
思ったよりも大きな声で、直美も俺もちょっとびっくり顔だった。
和室っていうより 隣の部屋にもその隣の台所にも聞こえたんじゃないかと思っていた。
「うん、できるね、もう少し小さな声でもいいよ、純ちゃん」
「はぃ、おかぁさん」
「うん、できるね。ねぇ純ちゃん、純ちゃんのおかーさんは だーれ?」
「うーーん」
小さな顔がちょっとゆがんで口を閉じながらだった。
ちょっと、直美の顔も俺の顔もたぶん、緊張していた。みじかく俺は息を飲んでいた。
「おかーさんは、おばちゃん?」
直美に小さな声で聞いてきていた。
「うん、そうそう、そうだよね。おかーさんだよね」
「うん」
直美顔が少し紅潮していた。俺は息を深く吐いていた。
「ふぅー よかったぁぁ」
思わず直美が小声で俺にだった。
「変なことを聞いちゃったって、どきどきしちゃった」
続けて小さな声の直美に、俺はうなづいていた。
「よし、じゃぁ、純ちゃん、今日からおかーさんって言える?叔母さんのこと?どうかなぁぁ?」
「うん、言える世ぉー、でも弓子おねーちゃんは、おばさんって言うよ」
「そっかぁ じゃあ おねーちゃんも今日からおかーさんって言えるから、いっしょに言おうね、それなら言えるよね?」
「うん」
「うん、えらいね」
直美が、本当にうれしそうに純ちゃんの頭をなでながらだった。
でも、これからが本番だった。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生