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夏風吹いて秋風の晴れ

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秋空道を教会に


世田谷線の駅を降りると、秋空は高く風も気持ちよかった。
あいかわらず直美の手を握って赤堤の住宅街を叔母の家に向かって歩いていた。何度こうやってこの道を歩いたのかは覚えていなかったし、数えたこともなかったけれど、いつもこうしていることは大好きなことだった。
めずらしいことに、こんな東京の真ん中で小さなトンボは2匹仲良さそうに目の前を飛び回っていた。
「なにトンボ?」
直美がいそがしそうに方向を変えながら飛んでいるのを見ながらだった。
「ちっちゃいから・・赤とんぼ・・うーん なんかそうでもないかぁ・・なんだろう・・」
「へぇー めずらしいね、わかんないんだ・・まぁ、私もだけど・・でも、田舎じゃトンボっていっぺんにたくさーん飛んでるのにね。東京じゃぁめったに見かけないねぇ・・」
「蝶々だって、めったに見かけないもんなぁ・・でも、蝉だけはけっこう夏には鳴いてたよね?」
「でも、それだって木がいっぱいある神社とかだけよぉ。たまたま、うちのマンションのところは大きな木が茂ってるからだよ。それでそんな気がするだけよ」
「そっかぁ・・」
自分が住んでいるマンションの敷地にはめずらしく大きな木がたくさん茂っていることを思いだしていた。
「でも、ほら、ステファンさんの教会も夏には蝉がいっぱい鳴いてたね」
「うん、そうだね。でも小さいときはもっと、あそこも蝉がうるさかったような気がするけどなぁ・・」
「そう?でも、それって茨城の田舎もかもよ」
「うーん、そうかもねぇー」
子供の記憶が、小さいときには蝉がいっぱい鳴いてたように思わせるのかもしれなかったけど、たしかに 現実にもそうなのかもしれなかった。茨城の片田舎だって間違いなく自然は少なくなっていた。たった10年そこらでだった。
「ねぇ、劉さぁ、叔母さんに返したら、弓子ちゃんがしてくれるかな?ネックレス?」
「そうなんじゃないの。だって、直美もそうして欲しいんでしょ?」
「うん、そうなんだけどさぁ・・弓子ちゃんにはわからないように返したほうがいいのよね?そうだよね?」
考えてもいなかったことを聞かれていた。
「えっ、あっ そうなの?」
「うーん。考えすぎかもしれないけどさぁー きっと、いい日を選んで渡すんじゃないのかぁ・・・って思って・・叔母さんが弓子ちゃんに。違うかなぁ?どう思う?」
「ふーん、そうかぁ・・考えてもなかったけど、言われてみればそうなのかも」
たしかに直美の言うような気がしていた。
「ねっ・だから弓子ちゃんにはわからないように返そうって思うんだけど、いいよね。隠し事みたいでなんとなく嫌でもあるんだけどさぁー」
「うん。でも、そうしたほうがいいんじゃない。気にしすぎかもしれないけど、直美の言うとおりかもしれないもん。まぁ、叔母さんが気にせずに新しいそのネックレスの話を弓子ちゃんの前でしそうでもあるけどね・・そのときは、そのときで」
「うん、そうだね。叔母さんしだいでいいのか・・そっかそっか」
うんうんって、うなづきながらの直美だった。
そのいつもの笑顔を見ると、俺たちはあっというまに教会の角までたどり着いていた。

「どうする?教会に寄っていく?劉?」
「あっ、うん。そのつもりだった」
こだわっていたわけではなかったけど、もしかしてステファンさんが暇そうだったらって思っていたことがあった。
「でも、まだミサ終わってないみたいよ」
教会の近づくとオルガンに合わせての賛美歌がかすかに聞こえてきていた。
「でも、これってもう終わりのはず・・」
自信はなかったけど、ミサの終わりのころの賛美歌のはずだった。それに腕時計を見ると11時半を回っていた。
「でも、ミサって久しぶりだから覗いちゃおうか?ね、いこう」
「うん」
いわれて直美の手を引っ張られていた。俺がミサの中に身をおくのを、をなんとなく好きじゃないのを知ってるからだった。
静かの聖堂のおおきな扉を俺が開けると、まだ賛美歌が続いていて、それは一瞬にして耳にはっきりと届いていた。
頭に白い薄いレースの布を載せた女の人や、小さな聖書を手にした人たちがきちんと正面を向いていた。
俺と直美は目立たないように静かに聖堂の1番後ろに並んでいた。
もちろん、こんな時にもなぜか林さんには見つかって、二人でちょこんって頭を下げながらだった。
祭壇の横には大きな体のステファンさんが立っていた。
しばらく、そのミサの中に身をおいていると、賛美歌が終わって、林さんが正面に立って挨拶をしてミサの終わりのようだった。

しばらくは、信者さんの何人かが、神父さんたちを囲んで話をしていた。
その中で俺と直美は、聖堂を後にする顔も初めてみる信者さんからも頭を下げられていた。
「めずらしいですねぇ」
林さんだった。それも気がつかないあいだにそばに立っていた。あいかわらずだった。あわてて直美と頭を下げていた。
「すいません、たぶん4ヶ月ぐらいぶりかもですね・・ミサって」
本当は、半年だった。
「今日は、お隣にですか?」
「はぃ、でも、ステファンさんにちょっと・・いそがしいなら、後でいいんですけど・・たいした用事じゃないから」
「いえ、もう忙しくはないと思いますよ。伝えてきますから・・」
「あっ、すいません」
返事をしたけど、林さんはその前に笑顔を見せてもう歩き出していた。
「なんか 大事な用事あるの?めずらしい・・」
直美に聞かれていた。
「ちょっとね」
あいまいな返事をしていた。
理由はちょっと恥ずかしいことをステファン神父に頼みたかったからだったし、それに、ステファンさんも俺がそんなことを言うと笑いそうだったからだった。
とにかく、ダメもとでステファンさんに言ってみたかった。
徐々に聖堂内は静かになっていた。

作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生