夏風吹いて秋風の晴れ
秋空の日
東京に出てきたばかりに時に直美が赤堤の叔母からもらった十字架のネックレスを返す日は、秋空が高くまで伸びた天気のいい日だった。
「あっ、劉さぁー さっき叔母さんに電話しといたからね。お昼前にそっちにお邪魔するって・・」
二人で休みだったから、いつもよりゆっくりの時間の朝のジョギングを終えてシャワーを浴びて出てくると直美に言われていた。
「うん、パン食べたら、のんびり行こうか?」
「そうだね。あっ コーヒーは劉がいれて・・お湯は沸いてるから」
小さなテーブルの上には先にシャワーを浴びた直美が用意した、おいしそうなサラダと、朝早くからやっているパン屋さんの出来立てパンが並んでいた。
「うん、いま、すぐいれるから・・」
ずーっと一緒にいるようになってから、コーヒーをいれるのだけは俺の仕事になっていた。
自分でもその行為は好きだったし、なにより直美が「おいしい、劉がいれてくれたのは・・」っていう言葉がうれしかった。
それに、コーヒーをいれる時に出る香りがとっても好きだったし、その待っている時間もなぜか好きなことだった。
「はい、どうぞ」
きちんと椅子に座って、待っていた直美の目の前にコーヒーカップを差し出していた。
「ありがとう、うーん いい香り。これって新しいのでしょ?」
「そう、池袋のコーヒー屋さんでこの前買った粉ね」
「今度豆で買ってきて、挽いてみる?めんどう?」
「いやぁ そうでもないと思うけど・・ミル買わないとだなぁ」
「うん、探しとくね。さっ 食べよう。いただきまーす」
コーヒーに少し口をつけたから、焼きたてのパんに手をお互いだしていた。それはやわらかくって、手にしただけでおいしそうだった。
「うん、おいしぃ」
直美の口からは予想通りの言葉がでていた。
それは、とってもおいしかった。
笑顔の直美を見ながら、おれも出来立てパンを口にしていた。
自然と目は直美の首にさがったクロスの綺麗なネックレスにだった。
昨日の晩に直美を腕の中に抱きかかえながらも、自然とそれに目が何度もいったことを思い出していた。
綺麗に直美とともにそれは光っていた。
「さっ そろそろ行かないと、お昼になっちゃう」
自分の化粧が終わると、ソファーに寝転んでいた俺にだった。
「これでいいかな?」
着替えた洋服の事らしかった。Gパンに長袖の真っ白なシャツだった。
シャツの形は微妙に違っていたけど、俺もその格好だった。
「うん、いいよ、準備できたなら行こうか?」
「うん、今日は自転車?世田谷線?それとも歩いちゃう?」
急ぎでもなかったし、どうしようかなぁーて考えていた。
「たまには のんびりと世田谷線でってのもいいか?ずっと乗ってないし・・けっこう好きなんだよね、世田谷線・・」
走りながらの揺れ方も好きだったし、それになんともいえない窓からの景色がすきだった。
開放感があるわけでもなく、逆に住宅の横をごめんなさいって言いながら走ってるようなのが好きだった。
「うん、今日は世田谷線でいこう、そうしたら、隣に座ってくっついてる間にすぐに着いちゃうね」
昼間は、空いてる電車だったし、それに赤堤の家までは2駅だったから、あっといまにたどり着くはずだった。
「じゃぁ 行こう」
立ち上がって直美に近づきながらだった。
ほのかに香水のにおいがしていた。
「うん」
返事をしてカバンを肩にかけながらだった。
そこには、綺麗に箱にしまった叔母に返すクロスのネックレスが入っているはずだった。
「手つないで・・」
差し出された直美の右手を握っていた。家の中から手をつなぎながらだと廊下も狭かったし、窮屈だったけど、しっかりと握って玄関に向かっていた。
靴を履くときだけは、手を離したけど、世田谷線の宮の坂の駅までもずっと手をつないでいた。
秋晴れの少し暑いぐらいの天気だった。
予想通りに世田谷線の2両連結の電車の車内は空いていて、二人で長い椅子の真ん中に座わると、直美は握った手を離して、しっかりと腕を組んできたいた。
いつものことだったけれど、慣れたことでもあったけれど、いままで何度、直美と腕を組んだ事があったんだろうって思っていた。腕の感触を確かめながら、そう思っていた。
「弓子ちゃんも純ちゃんも家にいるらしいよ、弓子ちゃんは部活は今日はないんだって・・。にぎやかそうでいいね」
「そうかぁー 両方ともいるんだ・・うん、おもしろいかも。それにまだ、純ちゃんとはあんまり遊んでないんだよね」
「わたしも。じゃー 2人で遊ぼうか?」
「うん。向こうが嫌がらなきゃだけどね」
「うーん、劉のことはどうだろう・・・わたしは、きっと遊んでもらえるかな・・おとなしそうにも見えるけど・・」
「そうかぁー そうでもないんじゃないかなぁー だって、前に一人であの家まで来ちゃうぐらいだから、しっかりしてんじゃないか?」
「それは そうだろうけど、静かそうにも見えたから・・・でも、もうあの家にも慣れて、けっこう元気にしてるかな?いったら大騒ぎしてたりしてね」
「うん、女の子ふたりだからね、静かーに してるか、暴れてるかどっちかなのかなぁー」
「たぶん、隣の協会の庭で遊んでたりするかもね。それがいいかなぁー。わたしならそうしてるかな・・あの庭きれいだし」
少しあいた車両の窓から入ってくる風に気持ちよさそうに顔を向けながら直美がだった。
「あそこで午後から、なんかして遊ぶか?4人で?」
「いいねー なにをするかは こっちの3人で決めるからね。劉はそれには文句はいわないようにね」
「えっー うーん ま いいや」
「うん、決まり」
今日も、こういうときはきまっていたずらっ子のような子供顔の直美だった。
「叔母さん知ってるんだよね?これ新しいのを作ったの?」
ネックレスに手を添えながらだった。
「うん。いろいろ聞いたし、店のこととかも・・」
「なにか、いわれなかった?」
「うーん、あんまりいわれなかったかなぁー」
少し嘘をついていた。
叔母は、そこまでしてあのネックレスを自分に返さなくっていいって言ってくれたし、それでも、俺が新しいのを作るっていったら、お金の心配もされていた。でも、それは直美には言いたくないことだった。
「ふーん」
直美もあいまいな返事をおれにだった。きっと俺のウソがわかっているようだった。
「でもさ、劉、綺麗だよね。うん。ありがとう」
昨日の夕方から なんども言われたことだった。何度でもうれしくて、それでちょっと恥ずかしかった。
「うん、綺麗だよ」
直美の髪が外からの風に揺れていた。その中に笑顔とネックレスの輝きだった。
暑い秋の日だった。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生