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夏風吹いて秋風の晴れ

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うすっぺらな紙切れ2枚


店を後に銀座の道を地下鉄駅に向かっていた。
本当にわがままで最後は、納期の事をお願いしていた。最低でも2週間ぐらいは、かかるわよって言われたのに、
「10日ぐらいでなんとかないりませんか?」
ってお願いして、
「しょうがないわね・・」
って返事をもらっていた。あの日から、直美は首にネックレスを下げていなかったから、1日でも早くって思っていた。お嬢さんや社長にとっては金にもならない仕事だろうに強引な俺だった。
地下鉄に乗って、途中で千代田線に乗り換えて、家に向かっていた。このままバイト先の会社には寄らないで真っ直ぐにと思いながらだった。
代々木上原の駅のホームで小田急線を待ちながら時計を見ると4時半になっていた。直美は、今日は学校からそろそろ家に向かっているはずだった。今日はケンタッキーのバイトは休みのはずだった。
このまま電車に乗ると、5時には家には無理だろうけど、少し過ぎた時間には部屋には帰れそうだった。それはけっこう久しぶりに早い帰りのはずのような気がしていた。

豪徳寺の駅に降りて左手に曲がって、銀行の中に入っていた。財布からキュッシュカードを出して残高を調べていた。その口座は俺が持っている二つの口座の一つで、決してお金が入ってからは一度も手をつけていない口座だった。だからもちろん残高を調べなくても金額は知っていたけど、久しぶりにその残高をきちんと確かめたくなっていた。そのお金は2年ほど前に交通事故で足を折って、入院した時にでた大金だった。カードとともに出てきたうすっぺらに印字された小さな紙には、その金額が間違いなくそのままだった。とんでもない金額にも思えたけれど、事故の加害者と交渉にあたった叔父や叔父の会社の弁護士からすれば、当然もらっていい金額だといわれたものだった。一切手をつけたことがなかったお金だった。
それから、財布から2枚目のカードをだして、同じように残高を調べていた。思っていた金額だけが残っていた。その金額は、銀座の宝石店に支払うと約束した金額には届いていなかった。残高は28万円だったし、言われた金額は30万円だった。2万円足らなかった。でも、2万円というより、それを使ったら今月の生活費もゼロになってしまうから、本当はもっと足らなかった。
ちょっとだけ、ため息をついて銀行の自動ドアを抜けて外に出ていた。商店街はにぎやかな時間で人の流れもあわただしかった。
「あれ、劉ぅー なにやってんの?」
ちょっと離れたところから自転車をとめた直美に声をかけれれていた。あわてて手に持っていたうすっぺらな2枚の紙をポケットに突っ込んでいた。
「買い物?」
あわてないように答えていた。何もあわてる必要はないのにだった。
「早いじゃない?バイトだったでしょ?」
「うん、すぐそこに賃貸の物件紹介で来たから、そのまま今日は帰っていいよってことになってさ・・」
ウソをついていた。
「そっか、よかったね、じゃー買い物一緒にいこうよ、ほらこの先のおいしいお魚やさん行こうかと思って・・他はもう済ませたから・・」
「うん、じゃあ一緒に・・」
自転車を降りた直美の横を一緒に歩き出していた。
「ねー 叔母さんのところ、いつ行こうか?来週あたりどう、休みいつなの?」
「えっと、そうだよね、きちんと見てくるね、日程表・・」
ごまかしていた。
そうでもないと頼んできたものが出来る前に赤堤の叔母の家に一緒に行く事になってしまいそうだった。今日のことは秘密にしたかったし、今は直美の首から外れていたけど、ずっと大事にしていたネックレスを叔母に返す時にはきちんと新しいものを彼女の首に光らせてあげたかった。勝手な思いかもしれなかったけど、そうしたかった。
「そっか、一緒がいいから、都合つけてね、せっかく行くんだから、ゆっくり出来る日がいいし・・純ちゃんとも遊びたいしね、弓子ちゃんとも」
「うん、そうだよね。ゆっくり出来る日がいいよね。一緒にいこうよ」
1人で先にネックレスを持って叔母の家に行くのだけは、辞めさせないとって思いながらだった。
「ねぇ、それからは何もないんでしょ?」
「うん、叔母も叔父もなにもだね。弓子ちゃんも下北沢の会社にもよってないけど・・あっ、部活で遅いのかなぁー バスケットで・・」
「そっか、頑張ってるかなぁー」
「どうでしょ、けっこう私立って厳しいんじゃないの?練習とか・・」
「そうだよねー 日曜日とかに行っても弓子ちゃん部活でいないのかなぁー?」
「そうかもね・・でも、夕方には帰ってくるんじゃないのかなぁー」
なんとなくの自分の経験から言葉が出ていた。自分も中学でバレーボール部にいたときは日曜の練習は午後4時ぐらいで終っていたような記憶だった。
「そうだね、夕方には戻ってくるね・・今週の日曜日は無理なんでしょ?」
「うん。今週は休めないなぁー」
それは本当のことだった。
「じゃぁー 来週の日曜日にしようよ、日程表で休みじゃなくても店長さんにお願いしてみてよ、わたしもその日都合つけるから・・」
頭の中で日にちを計算していた。明日から10日って何曜日かをだった。なんとか約束してもらった日なら間に合いそうだった。
「うん、なんとかする。日曜日に行こう」
「うん」
話を終えると、大きな魚やさんの声が聞こえてきていた。なんとなく子供のころから好きな独特なダミ声と声の調子だった。
おいしそうなっていうか、新鮮な魚がいっぱい並んでいて、気持ちが楽しくなっていた。
それでも、ポケットの薄っぺらな紙のことは気になっていた。
理由があって手をつけていなかったお金に手をつけていいのか悩んでいた。人からすればどうでもいいような事をこだわっていた。

作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生