夏風吹いて秋風の晴れ
銀座で感謝していた
「こちらでよろしいでしょうか?いかんせん古い資料ですので・・記録によるとこちらで間違いはないと思うのですが」
手書きのそのデザイン画と顧客リストを照らし合わせるようにして説明を受けていた。
「はぃ、そうです。間違いないです」
「そうですか、ほっとしました。約30年以上前のものですので・・」
叔母の記憶にあった年齢からその30年を引いていた。
「それで、これと同じものをと言うお話を、渡辺様からお伺いしたのですが・・こちらは、特注でおつくりさしあげたもので、すぐにはご用意はできないのですが・・」
「そうですよね、それは、叔母に聞いてきました。」
「申し訳ありません」
本当に丁寧に、子供よりもきっと年下の俺に頭を深々と下げられていた。恐縮していた。
「お願いすればつくってはいただけるんでしょうか?」
「はぃ、それはもう。喜んで。それに、こんなお話をとは思うのですが、このデザイン画は、わたしの妻が生前書いたものでして・・・是非、作らせていただければこちらも、喜ばしい事で・・」
「えっ、そうなんですか・・知りませんで・・・」
「いえ、先ほど、渡辺様からお電話でお話をお伺いした時に、こちらも、このネックレスをおつくりさせていただければうれしいことだと思いました。このデザイン画も、先週、偶然妻の遺品を片付けておりました時に出てきたものですので、ビックリしたのと、喜ばしいのと・・」
「そうですか・・・」
「はぃ、偶然でしょうが・・うれしいことです。あっ、失礼いたしました、お名刺を・・」
差し出された名刺の肩書きは取締役社長になっていた。1番えらい店員さんかと思っていたのは間違いだった。あわてていた。
「あっ、すいません。アルバイトなんですが、名刺を・・・」
背広の内ポケットから、いそいで詩音コーポレーションの名刺を差し出していた。
「甥っ子さまとお伺いしましたが・・まだ、学生さんということもお伺いしました」
「はぃ、これは叔父の会社でアルバイトさせてもらってるので・・」
「そうですか、立派なことですね」
「いえ、働かせてもらってるって言ったほうが、あってますから・・」
「いえ、ご立派ですよ」
どんな顔して、なにを答えればいいのかわからなかった。
それに、恥ずかしいけど言わなきゃ行けない事もあったから、どうしようって考えていた。お金のことだった。
「あのう、言いづらいんですけど、恥ずかしいんですけど、これと同じものは欲しいんですけど、お金はないんです。少しはありますけど、たぶんこれと同じものをつくっていただけるほどは用意できないんですが・・・」
叔母にお願いして、それからここに向かって歩いてくる時にも、ずっと考えていたことだった。直美の首に輝いているネックレスは宝石が散りばめられていたし、俺にでもだいたいの値段の想像は出来ていた。それでも、この店に来ていた。
「あっ、はぃ、少しお待ちいただけますか・・」
俺の言葉に直接の答えを返さずに社長さんは、椅子から立ち上がって、店の奥に向かっていた。
しばらく俺は、そのまま手書きの綺麗なデザイン画を眺めていた。古いもののはずなのに保存状態がよく、色もくっきりとしていた。
社長さんが戻って来た時には、その後ろに女性が1人立っていた。
「お待たせしました。娘です」
「あっ、初めまして、柏倉です」
席を立って、頭を下げていた。
「こんにちは、聖子さんの甥っ子さんなんですって?」
「はぃ」
叔母よりは、少し若い人だった。
「これね、これでいいの?」
その人は、目の前に広がっていたデザイン画を手にして俺に聞いていた。
「はぃ、これと同じものを欲しいんですが・・でも、きっとこれと同じものをつくってもらうと、予算っていうか、お金払えないっていうか・・でも、同じものが欲しいんです。我がまま言ってるのはわかるんですけど・・」
少し必死な顔のはずだった。
「うん、わかったわ」
さっきまで社長が座っていた椅子にその人は腰をおろしていた。それを見て、社長さんは、俺に、
「あとは、娘と相談してくださいね。なんでも言ってくださいね、あとで参りますから」
って言って、その場所から、社員に呼ばれて奥に向かっていた。
「これね、母が描いたのよ。聞いたかしら?」
「はぃ、お亡くなりになったことも・・」
「そう、それで、さっきこの話を聞いてね、是非、つくりたいって思ってるんだけどいいかhしら?あっ、わたしはこの上の階で、ジュエリー作ってるの。だから、こんな格好ね。ごめんなさいね。それで、つくっていいかしら?やらせて欲しいんだけど、これ・・」
「はぃ、それはもちろんなんですけど・・・」
「さっきの話ね・・うーん、どうだろう、もちろん綺麗な石を入れてつくりたいんだけど、そうすると、これぐらいになっちゃうわね・・」
言いながら小さな紙をだして、金額を書いていた、それは、とっても払えるような金額ではなかった。
無言ですこし、その金額を眺めていた。
「無理だよね。っていうか、こんなに払っちゃいけないよね。聞いたけど働いてるらしいけど、大学生なんでしょ?」
「はぃ」
「じゃぁー 提案ね、これとそっくりに作ってあげるけど、石とかはわたしに任せてくれる?だったら、きっと、ここまででつくってあげる」
さっき書き込んだ数字の上に線を引いて、新しい数字をその下の所に書き込んでくれていた。
「どう?これなら頑張れる?」
書かれた金額をきちんと確かめていた。
「はぃ、ほんとうにこれでいいんですか?」
「いいわよ、その代わりわたしに任せてね」
「はぃ」
書かれてい金額は、もちろんそれでも、俺にとっては高額だったけれど、きっと、このお店にとっては、それでも充分なほどに俺に気をつかってっくれたものに違いなかった。儲けもないものかもしれなかった。
「よし、決まりでいいかな?」
「はぃ、お願いします、無理を言ってすいません」
「うん、いいのよ、この母のデザイン画をさっき父から見せてもらったときに、あなたに頼まれなくても一つ作ってみようって決めてた事だから・・あっ、それと、こっちからあとで、聖子さんにもお願いするかもしえないけど、これって聖子さんように一つだけって約束で作ったはずなのね、でも、許可もらえるなら、是非、ここで、同じものを店頭に並べたいって思ってるんだけど、その時は、えっと、柏倉くんだっけ?それ、君にも許してもらえる?それにこれを首に飾る女のこにも」
「はぃ、聖子叔母さんがよければ・・」
「そう、ありがとう。では、心こめてつくらせていただきます」
きちんと頭を下げられていた。
こっちは、もっときちんと頭を下げなきゃって思いながら頭を下にだった。
本当にありがたかった。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生