夏風吹いて秋風の晴れ
見つけていた
「楽しかった・・」
マンションへの道をのんびりと歩きながら直美が口にしていた。
月夜の綺麗な晩を静かに、静かに歩いていた。
「うん、そうだね、このまま、何も無くいってくれるといいんだけど・・」
「何もないと、前にも進まないから、いろいろあって、前でいいんじゃない?そう、簡単にはいかないって・・でも、きっと、大丈夫だとは思うよ。もちろん叔母さんたちもいい人だし、それに、弓子ちゃんも、純ちゃんもいい子だし、それに、神父さんたちもついてるしね。それでも、いろいろあるだろうけど、その時は、その時で。うん、平気よ。そうやって誰でも生きてくんだもん。わたしも、劉もね」
「うん。そんなもんか・・」
「そんなもんよ」
今夜も彼女が、俺の横にいてくれることを感謝していた。いい子を好きになって良かったって、何度も思ったことがあったけど、今日もだった。
「相談があるんだけど・・」
「なに?」
めずらしい聞かれ方をしていた。そんな言いまわしをあまりする直美ではなかった。
「このさ、ネックレス返そうかなぁー」
首に下がっていた、3年以上前に叔母から直美がもらった十字のネックレスのことだった。
「えっ?どうして・・」
「だって、これって、元は叔母さんがしてたものじゃない。もう、弓子ちゃんが娘なんだから、弓子ちゃんの首で光るのが1番の場所だと思うんだけど・・ずっと、弓子ちゃんが来てから思ってたんだ・・返そうよ」
直美がすごく気に入って、直美の首にずっと輝いていたから、そう言われても複雑だった。俺も、それを大切に直美がしていてくれてたのも知っていたし、それに、その直美の姿は大好きなものだった。
「うーん、そうかなぁ・・」
「本当は、今夜、叔母さんに言って、返そうと思ったんだけど、劉に言ってなかったし・・どうかなぁー やっぱり返そうっと。いいよね?叔母さんわかってくれるよね」
もちろん、そりゃぁ直美の気持ちは分かってもらえるとは思っていた。でも、少しさびしそうな直美の顔も俺には分かっていた。
「うーん。俺が先に聞いてみようか?返そうかって・・」
「ううん、いい、自分で言うから・・だって、それが1番いいと思うもん。3年半もこのネックレスでいろんなことをお守りしてもらったから、弓子ちゃんと交代でいい。今度は弓子ちゃんを守ってもらわなきゃ・・」
十字架を触りながら直美が俺を見つめてだった。
「そっか、いいのか?」
「うん、平気・・」
「直美っていいな」
言いながら、なんだか少し目に涙がたまりそうになっていた。
「うん、いいでしょ」
「大好きだよ、そんな直美は」
言うと返事をしないで、恥ずかしそうな顔をこっちに見せて、彼女は俺の手を強く握っていた。
「今度、一緒に行った時に返そうね」
「うん、一緒のときね」
のんびりになっていた足取りがまたいつものペースに戻っていた。同じ時間をこの子と過ごしてる事を感謝して、同じ足取りで歩いていることにも感謝していた。この道も、それから前に広がっていく道もだった。いつまでも、こうして、ずっと歩けたらいいって手を握っていた。
次の日になって、アルバイト先の仕事場から叔母の家に電話をかけていた。頼みたいことをお願いしていた。こころよく叔母は、返事をくれてほっとしたしていた。それから、くれぐれも直美には内緒にって念まで押して受話器を切っていた。
そして、手にしたメモを見ながら、店長にわがままを言って会社を早退させてもらっていた。ほんとにわがままだったけど、時間がなかったし、ごめんなさいだった。
地図を片手に叔母から聞いた住所を探していた。それは銀座4丁目の交差点からは、少し歩いた距離にあったけど、店は風格あるたたずまいを見せていた。仕事から抜けてここに来たからネクタイをしていたことに感謝していた。とっても、いつもの格好ではその入り口のドアを開けるには勇気がいりそうだった。
大きなドアに手をかけてその中にはいると、ふかふかではなかったけれど、年月を重ねた重厚な絨毯が惹かれていた。その上を緊張しながら歩を進めていた。
すぐに、50代らしき、三つ揃いの背広を着込んだ背の高い眼鏡をかけた店員さんに声をかけられていた。
きっと、この店には似合わない客だからすぐに声をかけられたに違いなかった。
「いらっしゃいませ、どうぞ」
店の奥にどうぞって意味らしかった。
「あっ、えっと、堀井さんって方いらっしゃいませんか?」
「堀井は、わたくしですが・・・」
笑顔を見せられていた。
「あっ、すいません、柏倉っていいます。世田谷の赤堤の渡辺の紹介なんですが・・・」
叔母の苗字を口にしていた。電話で、目の前の堀井さんを尋ねるようにいわれていた。連絡を入れてくれているはずだった。
「柏倉様ですか、失礼いたしました。お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
案内されたのは、店の奥に置かれていた真っ黒な皮製の肘掛付の椅子だった。
「あっ、すいません」
「いえ、お話は、渡辺様からお聞きしておりますので、どうぞ、こちらへ」
遠慮して椅子の前で立っていた俺に丁寧にだった。
椅子に腰をかけると、しばらくお待ちくださいって言われて、戻ってきたときには、手にファイルを抱えて戻ってきていた。
目の前に座った堀井さんが出してきて俺の前に置かれたファイルの中には、古いデザイン画が現れていた。それは、まちがいなく直美の首を飾っていた十字架のネックレスだった。うれしかった。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生