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夏風吹いて秋風の晴れ

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スプーンくわえて


二人で、俺の記憶の道を曲がって、進んで曲がって、を4回ほど繰り返すと、小さな駄菓子屋のような、お店が見えていた。屋根のがんばって付いてますって感じの看板には、赤い字で「井上商店」って書かれていた。店先の雰囲気は、当時のそのままではなかったけれど、建物自体は昔のままのようだった。吊り下がっていた「かき氷」っていう千鳥が飛んだ定番の布が揺れて涼しげだった。
「よかったぁー 店あるわ」
少し離れたところから、ほっとして、独り言のように直美に向かって言っていた。
「いい雰囲気だね。懐かしいっていうか、東京のこんなところにって感じ・・」
その通りって思っていた。田舎に行けば、ありきたりの店のようでもあったし、下町なら、まだいっぱいありそうな店だったけど、街に溶け込んでるっていう雰囲気が優しい感じだった。
「こんちわ、かき氷いただきたいんですけど・・」
店に入って、奥の部屋に声をかけると、すぐに60代ぐらいの、おばちゃんが出てきてくれていた。記憶にあった顔だった。
「はぃ、いらっしゃい、何にしますか?」
冷凍庫の中から、冷たそうな大きな塊の氷を出しながらこっちに向かってだった。
「私、宇治金時ください」
直美が壁に貼り付けてあった、いろんなかき氷の名前からだった。
「じゃぁー 俺は、イチゴミルクください」
「宇治金時に、イチゴミルクね、そこに座って待ってて」
言われた先には、横長のテーブルと長いすがでんと、置かれていた。どっちも、近所の大工さんが作りましたって雰囲気だった。
「よく、ここって来たの?」
座って、店の中を見渡していた直美に聞かれていた。
「夏には、よく来てたかも・・かき氷より、ラムネとか買ってたかなぁー」
「ラムネかぁー ずいぶん飲んでないなぁー」
「俺、サイダーもあんまりもう、飲まなくなったなぁー」
「そうだね、コーラになっちゃうね」
「だなぁー」
椅子に座りながら、氷のサクサク、シャキシャキって削れていく心地よい音を聞きながらだった。
「はぃ、お待たせしました」
おばちゃんが、目の前に山盛りのかき氷を持ってきてくれていた、その手は、氷のかけらが溶けて少し濡れていた。
器は、今では、たぶんめずらしいかもしれなかった乳白色の厚手のガラスで、直美の宇治金時は少し青みががった器に、俺のは、ほんのり紅色の器にだった。
「わぁー おいしそう・・食べよう」
直美が山盛りの氷に埋もれていたスプーンをきように、引き抜きながらだった。俺は子供の頃からそれが苦手で氷を下によく落としていたから慎重にだった。
「おわぁー冷てぇー」
口にしたイチゴミルクのかき氷の冷たさは、炎天下の下に2時間ちかくいた体に染み渡っていくようだった。
「おいしいねー 草取りしてよかったねー 」
満足そうな笑顔の直美に言われていた。その後は、当然って感じでスプーンが伸びてきて、俺のかき氷を食べだしていた。
「うーん、イチゴもおいしい」
って言いながらだった。
それから、俺は
「食べる?」
って言われなが出された直美のスプーンにのった萌黄色の抹茶のかき氷を口にしていた。
半分食べると、冷房なんか無い店だったけど、体は涼しくなっていたし、俺たちの顔もきっと涼しげな顔になっているはずだった。
「帰ったら、もう少しがんばって、終ったら帰ろうね、劉・・」
「そうだなぁー 叔母さんの事だから、ご飯食べていきなさいって言うだろうけど、どうやって断ろうかなぁー 用事あるって事がいいよなぁー」
「うん、そうだね」
「夕方からってなんの用事がいいんだろ・・」
ちょっとすぐに思いつかなかった。
「デートするんでって 言っちゃう?劉?」
いたずらっこみたいな顔で言われていた。
「それは、そうなんだろうけど、映画見に行くとかっていう具体的なほうがいいんじゃないかぁー そりゃぁきっと、気をつかってわざと早く帰るんだろうなぁーって、叔母さんも叔父さんも思ってくれるとは思うけど、一応自然な感じがいいだろ?」
「うん、そうね」
「あっ、そうだ、神宮で、ヤクルトと広島だったかが、今日試合あるはず・・それにしようか?」
「ふっ、いきなり具体的だね、劉」
氷を口に入れながらの直美に笑われていた。
「おかしいか・・」
「いいよ、それでいこうよ」
「うん、じゃぁー そうする」
器に残った最後の溶けた甘い水をスプーンにすくって口に入れながら、直美に返事をだった。
「あっ、忘れてた。大場君くるんじゃなかったっけ?」
ちょっと、大きな声で直美に言われていた。
「あっ、そうそう、すっかり忘れてた。あいついつ来るんだろ?」
「もう教会に来てたりして・・」
「うん。あいつ、たぶん、弓子ちゃんも見て見たいんだろうけど、叔母さんちの食事期待してると思うんだよね。どうしよう、置いてって、俺たち帰っちゃってもいいかなぁー」
「えぇー 駄目だって、それじゃー 私と劉が早く帰る意味なくなっちゃうじゃない」
「じゃぁー 一緒にマンションに連れて帰る?」
「えぇー それも駄目だってばぁー 意味なくなっちゃうじゃない、まったくもぉー」
言い終えて、口にスプーンをくわえてふくれっつらだった。
「うん。追い返すわ」
大場には悪かったけど、笑いながら直美に返事をしていた。
直美はスプーンくわえて、にっこりだった。

作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生