夏風吹いて秋風の晴れ
おっちゃんはタダ食いではなく
教会の大聖堂に続いている部屋の裏戸を開けると、ちょうど林さんがいたから、わけを言って車を置いたことの説明を済ませてから、教会の芝生の上を歩いて庭続きの近道を歩いて叔母の家に向かっていた。
左手には、従兄弟の詩音が眠っている十字架のお墓が見えたから、「よっ!」って小さい声を出して、挨拶を済ませて、小さな木戸に手をかけて叔母の家の庭に入っていた。
庭に入ると、もう直美たちも1階に戻っているらしく、にぎやかな声が聞こえてきていた。もちろん、1番はステファンさんで、次は、叔父さんの声が大きかった。
廊下側から靴を脱いで、部屋に上がりこむと、みんなが和室の部屋に座りこんで、一息って感じだった。ちょっと、留守の間に、お寿司の出前が届いて、みんなの前にそれが置かれていた。
叔母と、直美は、台所でお寿司にあわせたお吸い物をお椀に取り分けているようだった。
「すわりなはれ、はよー」
叔父にではなく、ステファンさんに言われていた。
頭を下げて、席があいていた座布団の上に座ると、目の前には特上寿司が、おおいばり、で並んでいた。ウニもイクラも大振りな海老も、それに、鮪のおおとろもだった。
座るとすぐに、お吸い物が配れて、総勢8人での、昼食会になっていた。
「ほな、新しい家族の出発を祝って、いだだきましょか? 」
仕切りは、神父さんだった。
「さっ、めしあがってくださいね」
叔母がそれにこたえて、みんなに食事をすすめて、俺も直美も喜んで箸を動かしていた。
食事をしながら直美に2階の様子が気になったから、
「どうなの?片付きそう?」
って、小さな声で聞いていた。
「うん、大丈夫じゃなかな・・あとで、叔母さんと弓子ちゃんと二人でやらせたほうがいいよ、きっと・・」
最後のほうは、俺よりも、もっと小さな声でだった。
「じゃぁー 休憩したら、本当に教会の草むしりでもする?」
「うん、そのつもりだもん。それで、3時のおやつにアイスクリームっていいじゃない?」
「カキ氷のほうが 俺、いいなぁー」
「それでも、いいよ、うん。じゃぁー やっぱり、午後は草取りね」
「あいよ」
口の中に、鮪の赤身のお寿司を放り込みながら答えていた。
しばらく、それぞれ、話をしながら食事をすすめていると、ステファンさんが、
「ほな、食事終えたら、わて、弓子ちゃん連れて、近所周りしますさかい、聖子はんも、あんさんも一緒についといでや」
って大きな声で、叔父と叔母に向かってだった。
挨拶まわりってなんだ・・って一瞬それを聞いて思っていた。直美も、こっちの顔を見ていた。
「午後から、すぐにですか?」
叔母の聖子さんが、ステファン神父にだった。
「すぐにも、なにも、もう、あんたら、家族なんでしゃろ?そやったら、すぐにでも、近所まわりせなぁー あかんがな。ここの町内はええ人ばっかりやから、心配せんでよろしいがな・・わてが、町内中に紹介したるがな・・」
「はぃ」
叔母が、頭をちいさく下げていた。
「あのな、わて、外人さんやけど、ここに住み着いて長いんですわ・・この町内だと、高橋んとこの、「雪ばーさん」と、川上さんとこの、「猛じーさん」だけが年上ですわ。あとは、わてより、若造ですよってな・・」
ステファン神父は、笑いながら大声で、星野さんと是洞さんに説明をしていた。
それを聞いて真面目そうな是洞さんは、
「そうですか」
ってきちんと返事をしていた。
「あのー ステファンさん?」
直美が、話かけていた。
「午後から、劉と教会の庭いじりしたいんですけど、いいですか?」
「なんや、庭いじりって・・・」
「おかしいかもしれないけど、草むしりでもしようかなって・・ずいぶん、土いじってないから、おもしろいかなぁーって思って・・」
「ええけど、あんさんもですか?」
俺のほうを見ながらだった。
「そうですけど・・・」
「ほー 変わったもんですなぁー あんさん 子供の頃そんなん言いつけたら、走って逃げましたのになぁー 足は早かったわぁ あんた」
「おっちゃん、だまっときーやぁー」
すんげー 笑い声でみんなに言われていたから、変な関西弁を使って言い返していた。
叔母も叔父も弓子ちゃんも星野さんも是洞さんも、おまけに直美まで笑っていた。
「そや、直美さん、土いじりしたいんなら、教会の裏でも耕してちっさい畑でもやったらええがな・・」
「いいんですか・・」
「おおきな場所は困るけど、ちいさいのならええがな・・でも、耕して畑ようの土でも入れなおさんといかんやろなぁー」
「それって、劉できる?」
ステファンさんの話を聞いて、俺に聞いていた。
「うーん。小さければかなぁー」
「そっか、いいよ、小さくても・・」
「でも、水とかをこまめにやらないといけないかもよ?育てたいものにもよるだろうけど・・」
何を育てる気なんだろうって、直美の顔を見ながらだった。
「あっ、直美さん、言ってくれれば、私がお水あげてもいいですよ?」
話を、楽しそうに聞いていた弓子ちゃんが体を乗り出して、直美に話しかけていた。
「そっか、じゃぁー そうする。出来る?」
「はぃ。大丈夫です」
元気な声で弓子ちゃんが返事をしていた。
「それじゃ、ステファンさん、耕してもいい場所を教えてくださいね。お借りします」
「エエでぇー その代わりになんか採れたら、少し分けてや?」
「はぃ。おいしい野菜さしあげます」
まだ、きちんと野菜とかが収穫できるかどうかもわからないのに、自信ありげな直美の返事だった。
食事を終えると、ステファンさんの宣言どおりに、町内1周の弓子ちゃんのお披露目が始まっていた。
俺と直美は、どんな風になるんだろうって思って、最初の家だけは一緒に後ろについて行こうって話して、4人の後ろを隣の家に向かって歩いていた。
隣の家は俺も良く知っていた、中井さんていう家だった。
「おるかぁー わてでっせぇー あけまっせぇー すんまへんけど、全員きてくれますやろかぁー」
インターフォンがあるのにお構いなしの大声でドアを勝手にステファンさんが開けていた。
「あら、神父さん」
出てきたのは、たしか聖子さんより少し年上の奥さんで、あとからその旦那さんが続いて出てきて、それから、たぶんもう高校生のはずの娘さんも一緒に玄関に集まっていた。
「おっ よかったわ、全員おるがな・・あのな、この子、今日から隣の娘になりましたよって、よろしゅうにな・・ほれ、挨拶しいや」
ステファンさんの隣で恥ずかしそうにしていた弓子ちゃんの肩を小さく叩きながらだった。
「弓子っていいます、よろしくお願いします」
しっかりと大きな声が、俺にも聞こえてほっとしていた。直美もうれしそうに笑顔を浮かべていた。
「知らなかったわぁー びっくりしちゃった・・内緒にすることないじゃない、聖子さん・・・あっ ごめんなさい、弓子ちゃんね、よろしくね」
中井さんが、少し驚いたって顔で、叔母と弓子ちゃんに答えていた。
「お話しようと思ってたんですけど・・・」
「うん、よかったじゃない。よろしくね、弓子ちゃん」
中井さんの奥さんが頭をさげて、その隣で、旦那さんが、良かったねって顔で叔父に合図を送っているように見えた。
「ほら、あなたも挨拶しなさい」
奥さんが娘さんにだった。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生