夏風吹いて秋風の晴れ
意外な関係
おにぎりを買って戻ってきた川田さんが、お客様には見えないスペースに座って食事を終えると、大場がお客様と一緒に戻ってきていた。それも、大声でにぎやかにだった。
「それじゃー ご契約でよろしいんでしょうか?」
カウンターの椅子を引きながら、お客様の「坂口 らら」さんをご案内だった。
「はぃ」って返事が俺にも聞こえていた。あわてて俺は、
「大場さん、いいですか?」
って大場を呼んでいた。さすがに契約は大場だけに任せるわけにはいかなかった。
「お決まりだそうです」
なんだか、すごい笑顔で大場に言われていた。
「わかりました。では手続きいたしますね」
「お願いします」
勘がいい大場だったから、すぐにきちんと返事をして、先にお客様に向かっていた俺の後についてカウンターにまた移動だった。
「お決まりでいいんですね?」
もう一度、俺からきちんと目の前のお客様に聞いていた。
「はぃ、とっても良かったです。もうーけっこう探してるし、今のところは、1週間後には出なきゃいけないんですよ、見せてもらったのって、すぐにでも引越しできるんですよね?」
明るい顔で言われていた。
「えぇ、それは、いつからでもいいですよ」
「じゃぁー 明後日の日曜日でもいいですか?」
「それは、可能なんですが、保証人様の お名前と印を契約書にいただかないといけないんですけど、間に合いますか?」
最悪、電話で保証人になってくれる人に確認を取れればいいけど、決まりとしてはきちんと書類が揃わないといけなかった。
「保証人って身内とかじゃないといけないんですか?」
「いえ、お友達でもいいですけど、きちんと働いてらっしゃればいいですよ」
もちろん、身内が1番だったけど、ルールとしては社会人で職業をもっていればかまわない事だった。
「そうですか・・それが日曜まで揃わないと引越しは無理なんですね」
「ちょっとスケジュール的には厳しいですか?」
仕事顔で聞いていた、大場は横に座って静かにその成り行きを見ていた。
「うーん。電話してみないとですけど・・」
少し考えて返事をしているようだった。
「ま、とりあえず、ここに必要事項をご記入ください。金額の計算もきちんとさせて頂きますから・・」
言いながら、書類を差し出していた、さっき書いてもらったものより詳しい内容の書類だった。仕事先に名前や、現住所などを書き込んでもらうためだった。
「はぃ」
すこし、にっこりになって、差し出したペンを手に、書類に書き込みだしていた。
大場は、けっこうめんどうなのねって顔だった。
席の後ろでは、食事を終えた川田さんが、まだ、お客様の名前をかかれていない契約書に、物件の内容をきちんと書きながら、手早く書類を作成しているようだった。
それにしても、あんまり 簡単に大場が決めてきたから、けっこうビックリだった。
家賃は、1DKでそこそこの値段のマンションだった。
名前は、「らら」って変わってるなぁー ってさっきも思ったけど、きちんと本名のようで、目の前の書類にもきちんとその名前を書き込んでいた。
職業欄には、見慣れた病院の名前が出て、ビックリだった。1年半前に、俺が交通事故で入院したことのある新宿の大学病院の名前だった。
「あっ・・」
大場も気づいて先に声を出していた。
「病院なんですか?ナースさんなんですね?」
大場が、続いて聞いていた。
「はぃ」
「あそこって寮あるんじゃないですか?」
「えっ?」
「いや、知り合いが入院してたことがあるんで・・・」
大場に知り合いって言われていた。
「そうなんですかぁー へぇー」
「外科病棟に入院してたんで、よくお見舞いに行ってたんですよ・・へぇー そうかぁー 見かけたこと無いなぁー」
「今年の春からですから・・その前は横浜のほうの病院にいたんで・・」
「じゃぁー 会ってないですね、それって1年半も前の話だから・・」
大場が、身を乗り出して、うれしそうに話をしていた。
確かに本籍地は、神奈川の住所を書いていた。横浜の住所だった。
「で、病棟勤務なんですか?」
「はぃ、その外科病棟なんですけど・・・」
「へ?」
大場が間抜けな声をだしたけど、俺も 「えっ?」 って間抜けな声を出しそうだった。
「これで いいですかね?」
書類を書き終えて紙を差し出されていた。それを受けとって、どうに聞きたくなって、「坂口」さんに質問をしていた。
「あのー その入院してたのって、わたしなんですけど、先生の山崎さんとか、ナースの佐伯主任とか ねねさんとか居ますかね?」
「えっ、入院してたのって?」
「はぃ」
返事をして人差し指を自分に向けて指していた。
「先生も、佐伯さんも ねねさんもいますよぉー」
「そうですかー ちょっとご無沙汰してるんで・・」
「ふーん、そうですかぁー」
うなずきながら返事を返されていた。この頃は、さっぱりあの病院には行っていなかった。
「あっ、すいません 変な話になっちゃって・・えっと、いま、契約書もってきますね」
言いながら後ろを振り向くと川田さんが、すでに手を伸ばして書類をこっちにだった。
内容の説明と、記入してもらうところを鉛筆で印をつけながら説明をだった。
保証人の欄のところで、日曜の引越しまでには、そこもお願いしたいって説明したけど、日にちが無い事もあったから、最悪はこちらからの電話確認でもいいですよって説明をしていた。
説明が終ると、少しでもかまわなかったのに内金で20万も支払っていた。領収書を切ると、うれしそうな顔で、
「よかったぁー いいところで・・」
って言われていた。こっちもなんだか、直接は関係のない人だったけど、お世話になった病院で働いている人に、笑顔をみせられてうれしかった。大場もうれしそうな顔をしていた。
「では、よろしくお願いします。たぶん日曜日の午前中にはきちんと書類を持って、残金もお支払いいたします。それでいいんですよね」
「はぃ、その時に部屋の鍵もお渡しします。」
「はぃ、では ありがとうございました。これから夜勤なんで・・」
夕方からの夜勤なんだって懐かしく思っていた。
「いいえ、こちらこそ」って俺が頭を下げると、大場がそれに続いて、
「ありがとうございましたぁー」
って大きな声で深々と頭を下げていた。
それを見て、うれしそうなお客様だった。
ドアをあけて、外に出ようとした時に、大場が、
「先生とか、ナースさんによろしく言ってください。もしかしたら、柏倉って1年半ぐらい前に交通事故で入院してたやつのところで部屋を決めてきたって言ったら、覚えてるかも知れませんから・・それに、俺のこともわかるかも知れませんから。あっ、俺は大場ですから・・」
「はぃ、言っておきますね」
大場の言い方に少し笑いながらだった。
「はぃ、どうもでしたぁー」
大場の声が会社中に響いていた。
大場は、姿が見えなくなるまで、後姿を追いかけているようだった。
「ふー 疲れたぁー 」
大場が椅子に座りなおしながらだった。
「ごくろうさん、約束どおりバイト代だすわ・・」
「いやー いらねえよー それより、代わりに焼肉でもおごってくんない?」
「それがいいなら、それでもいいけど・・・」
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生