夏風吹いて秋風の晴れ
下北沢で待ち合わせ
叔父の家に行ってから2日が過ぎて火曜日になっていた。
交通事故で前のバイト先を辞めて、何気に始めた叔父の会社の子会社の不動産屋のアルバイトもこの夏で1年半になっていた。夕方だったけれど、会社の外に見える下北沢の風景は相変わらず若い人であふれていた。
子会社で叔父が始めた「シオンコーポレーション」は、この1号店の下北沢が好調な業績だったらしく、短い期間で小田急線沿いの成城学園前と、京王線沿いの千歳烏山にも支店を出していた。おかげで大学生でバイトのはずなのにこの店ではいつのまに表向きの肩書きは主任になっていた。それに無理やりだったけど宅建主任者の試験まで10月には受けなければならない羽目になっていた。
「主任電話です」
この春に、短大を出て就職してきた「鈴木」さんに呼ばれていた。
電話に出ると相手は直美だった。
「なんでしょうか・・」
店に若い夫婦の客が来ていたから、事務的な口調になっていた。
「何時に今日は、終わるの?これから、そっちに行ってもいいかなぁ」
「いいですよ、6時過ぎでお待ちします」
「了解、忙しそうだね、じゃあ切るね、6時ごろいくから・・」
「はぃ わかりました、お待ちしております」
「じゃぁネー バイバイ」
明るい直美の声だった。今日は経堂のケンタッキーで仕事をしていたから、バイトが終わったばかりのようだった。直美も知らない間に店では名札の色が違って、新しく入ってくる子たちの指導までしているようだった。
時計を見ると5時をまわっていた。
店長は休みで、会社は7時までだったけれど、6時にはもともと仕事を終える予定にしていたから、このまま、なにか急用でも入れなければ上がれるはずだった。
電話を切ってから、さっき仮契約のとれたワンルームのマンションの契約書の作成を続けながら、斜め前にいる夫婦の様子をうかがっていると、このまますんなり、ご案内した賃貸の駅前の新しいマンションに決まりそうだった。
本日、好調って感じだった。
直美との約束の6時になると、会社の前にこっちを見ている影が2つだった。
少し遠慮して中を見ているようだった。目があうと直美を先頭に中に入ってきていた。
一緒にいたのは弓子ちゃんだった。
「すいません、お邪魔します」
何度も来ていたから、誰もが直美の顔は知っていたから、みんなも笑顔でむかえてくれていた。
「いま、着替えるから待ってくれる?弓子ちゃんもね、こんにちわ」
頭を下げると、元気な声で
「こんにちは」
って返事をされていた。
その声を聞いて、脱いでいた背広の上着に手を伸ばしていた。暑かったけれどここではネクタイ着用が基本だったから仕方無かった。もちろん羽織らずに手に持っただけだった。
「えっと、7時にはしっかり戸締りして帰ってください、店長は金曜日まで夏休みですから、それまでは毎日朝からいますから・・よろしく」
鈴木さんと、川田さんにだった。川田さんは高校を卒業してから違う会社に就職したけど、2ヶ月でそこを辞めて、この会社に転職してきていた。
「はぃ、わかりました。お疲れ様でした」
同い年の鈴木さんに頭を下げられていた。社員だったけれど、役職は俺のほうが上っていう変な関係だった。
川田さんも、もちろん「お疲れ様でした」って声をかけてくれていた。
頭を下げて、立って待っていた直美に顔で合図してドアを開けて外にだった。
ドアを開けると、さすがに冷房の効いた部屋からでは、夕方でも暑苦しかった。
「直美のお店に行ったの?弓子ちゃん?」
「いえ、下北沢の駅前で待ち合わせして・・」
はっきりとした口調だった。
直美がそれに続いて、
「電話もらったからさ、劉に、おいしいものでもご馳走になろうよって、誘ったのよ、ねぇ 弓子ちゃん?」
「あっ、はい」
頭をちょこんと下げて、大きな声だった。
「弓子ちゃんは、下北沢って来た事あるの?詳しかったりする?」
直美の少し後ろに立っている弓子ちゃんに聞いていた。
「この前、学校の試験で1度だけです・・人が多くてビックリしちゃいます」
確かに夏休みってこともあったけど、この時間でも、俺と同い年ぐらいの大学生や若い人で混んでいる街だった。
「そっか、学校って、ここからだと反対側だね、駅の・・女子だけの学校だね」
「たぶん、駅の向こう側だと思います。でも、あんまり良くわかんないです」
笑いながらだった。
「弓子ちゃん、今、行ってる中学って女子だけじゃないんでしょ?共学だよね・・つまんないね、女子だけじゃ・・私は絶対、共学がいいや」
直美が笑顔の弓子ちゃんに話していた。
「うーん、想像できなくって・・女子だけって・・」
首を横にしながら弓子ちゃんが考えながら答えているようだった。
「だよねぇー わかんないよねぇー」
直美まで首を傾けて答えていた。
「さてと、じゃぁー、何食べようか?なんでもいいけど」
直美と弓子ちゃんの両方の顔を見ていた。
「うーん、お肉が平気なら、ステーキにしよう」
直美が先に答えていた。
「弓子ちゃんがいいなら・・どう?ステーキかハンバーグだけど・・けっこうおいしいよ」
俺も聞いていた。
「はぃ、お肉すきだから、お任せします」
俺たち2人の顔をみながらだった。
「よし、劉、カウボーイだね、行こう!」
直美が店の名前を出して、いつもの元気な声で合図して、歩き出していた。弓子ちゃんもそれに続いて、1番後ろを俺が歩き始めた。
下北沢の街を3人でだった。
こっちに向かって来る人が多かったから、はぐれないようにって感じの弓子ちゃんの顔を見ながら歩いていた。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生