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夏風吹いて秋風の晴れ

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水音聞いて


叔父の家から歩くと約20分以上かかる距離がマンションだったから、少しのんびり歩くと30分ほどかかっていた。
きちんと計ったわけではなかったけれど、それぐらいで5階の部屋にたどり着いた時は、さすがに少し汗をかいていた。途中で昔なつかしい洋食屋とお昼に食べた鰻屋さんの場所を直美に教えながら帰ってきていた。
部屋に入って、クーラーをつけて涼しい風に当たりながら時計を見ると9時をまわっていた。
「ありがとうね、直美・・休みだったのに・・・疲れただろ・・」
一緒に並んでソファーに座り込んでいた直美にだった。
夜だけど暑かったせいで、少しほてった顔と疲れた顔が同居していた。
「う、うん、少しだけ疲れたかな・・でも楽しかったし、お肉もおいしかったし、けっこう満足よ」
「なんか、いつも急で悪いな」
今日の事も、3日前に突然言われた事だった。
「平気、平気、まだ9時過ぎだしね・・ゆっくり出来るわよ、まだ・・」
「明日のバイトは早番でしょ」
ずっと働いていたケンタッキーのバイトは明日は10時前入りのはずだった」
「そうだけど、劉もバイトでるんでしょ?」
「うん、店長休みだしね」
「じゃぁ、なるべく早く寝ようか?劉も疲れたんでしょ」
「午前中の荷物運びはたいした事なかったんだけどね・・少しだけ、神経つかった・・まともに話したのって今日初めてだから・・弓子ちゃんと」
「劉って、そういうふうには見えないんだけどねぇ・・初対面とかでも平気でしゃべってるように見えるんだけどね」
「見えるだけ・・これでも気つかってるんだって・・直美の方が普通に話してたじゃん」
「そうでもないよ、神経つかってるんだって・・」
「でも、直美がいて助かったよ、きっと叔父も叔母も感謝してるはず・・」
「そうかなぁー ならいいけどね」
笑顔を少し見せて答えていた。
「劉、でもね、1番神経使って疲れてると思うのは、弓子ちゃんだなぁー 大変だと思うよ、明るくていい子だから、そんな風には見えないけど・・きっと。今頃疲れてると思うなぁー 純ちゃんまで現れちゃったし・・一緒に仲良く寝てるかなぁー もう・・」
俺も同じことをちょうど考えていた。
中学生で、自分ならって思うと、弓子ちゃんは、ほんとにしっかりした子に思えていた。
「純ちゃんは、もう寝ちゃっただろうね、眠そうだったし・・」
「大丈夫かなぁー」
直美が顔をこっちに向けて少し心配って顔を見せていた。
もちろん純ちゃんの事もだろうし、きっと弓子ちゃんの事も直美は考えているんだろうなぁーって思っていた。
「どうだろう・・大丈夫だとうれしいんだけど・・」
「うん、どっちもだね」
直美の返事を聞いて少し黙っていた。直美も麦茶に口をつけながら、少しの時間口を閉じていた。考えている事はやっぱり同じようだった。
同じ施設で、どうい理由で2人が親から離れて育っていたのかはわからなかったが、その中で姉妹のように慕われている小さな小学生を残して自分がそこを出て、新しい暮らしを始める少女のの大変さや気持ちなどは、俺が想像してもわかるはずが無かった。ましてや、姉のように思っている人を訪ねてくる小学校2年生の想いなどわかるわけがなかった。あんな小さな子が、1人で電車を乗り継いで叔父の家に来るまでの気持ちなどわかると言ったら、神にも鬼にも悪魔にも笑われそうなことだった。
「うまくいけばいいなぁ・・どうにも私にはできないかもしれないけど・・」
「離れ離れはかわいそうって 言うのは簡単だしな」
「うん」
クーラーの音がなんだかいつもより大きく聞こえているようだった。しんみりって話をしていたわけではなかったけれど、2人で久しぶりに、きちんと同じ話を同じ想いでしているようだった。

「さっ、お風呂入って早いけど寝ようか・・劉」
「うん、泊まってってよ、こっちへ」
日曜の夜だったし、いつもなら今夜は直美は下の階の自分の部屋で寝る日だった。
「いいよぉー その代わり、暑いけど手握って寝てね・・寝付くまででいいけど」
「いいよぉー」
「汗かいてるかもよ、手のひら・・暑いとか言って離さないでよね」
「うん」
「じゃぁー私から入っちゃおうっと・・」
直美が立ち上がって着替えを取りに隣の部屋に歩き出していた。
俺は、それを見て湯船にお湯を入れにお風呂場に歩いていた。俺も直美も夏でもシャワーだけってのは嫌いだった。
「引越しの日ってバイト休めるの?劉って・・」
浴槽の蛇口をひねって部屋に戻ると、着替えを抱えて直美が戻ってきていた。
「明日、行ってみないとわからないなぁー 直美は?」
「土曜日だよね・・シフト変えてもらわないと休めないなぁー でも、お願いすれば大丈夫だと思うんだけどね・・夏休みだからバイトの人数っていま多いし・・」
「そっか、明日にでも、叔父さんか叔母さんにもう1回、きちんと聞いてみるね、手伝ったほうがいいかどうか・・」
「そうしてくれるかなぁー 火曜日に言えば間に合うと思うから」
「うん、でも、無理しなくていいから」
「わかってるって・・ じゃぁ、先に入っちゃうよ」
「まだ、湯船には溜まってないよ、いいの・・」
「暑いからシャワー浴びてる間に溜まるから」
言いながら、もう直美の足は風呂場に向かって歩いていた。
手には、ピンクのパジャマが握られていた。夏休みに入ってすぐに、一緒に渋谷で買ったものだった。俺も好きなパジャマだった。
ソファーに横になると、湯船からすぐにシャワーの音が聞こえてきていた。
もう2年半もこうした生活を自然のように過ごしていたけど、これが今週の土曜日に変わるってなったら、どうなんだろうって思っていた。水音だけがなくなるだけでもさびしいはずだった。


作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生