散花妖想
夕暮れ時。そろそろ門限だという椿と、彼女を家まで送って行くという朝貝を見送りるため、加苅は店先に出た。
「加苅さん、今日は本当にありがとう」
椿は満面の笑みで言う。衣服はもう打掛姿ではなく普通の着物だ。名前の花と同じように淡い赤色のそれは彼女によく似合っていて、打掛も赤色に出来たらと真剣に思った。そうすればもっと美しいだろうに。
そう思ったが口には出さず、適当に笑い返しておいた。彼女の着物なのだから、本人が気に入ればそれで良い。
「式が上手くいくことを願っているよ」
だが、と加苅の言葉を遮るように朝貝は言う。椿の隣にいる彼はひどく不機嫌そうな顔だ。
「お前は式に出られないんだろう?」
どうやら朝貝は加苅が式に参加できないことが不満らしい。どうしても大事な用があるから無理だ、というのは以前から伝えていたのだが、朝貝は納得いかないようで何度も加苅を詰る。これも彼なりの甘えだと分かるので加苅の方も悪い気はしない。しないのだが対応には困る。
悪いなと苦笑すると、椿が「もう!」と声を荒げた。
「しょうがないでしょう、いつまでも文句を言わないの!」
呆れたような、怒ったような表情で朝貝を窘める椿と、こちらに縋るような目を向けてくる朝貝。子どものころから変わらないやりとりのはずなのに、どこか滑稽な感じがした。まるで二人の間に無理矢理入れてもらっているかのような、そんな感覚。実際自分は邪魔なのかもしれない。もう、三人で仲良くできるときは過ぎたのだ。
「ありがとう。僕も出たかった」
だから加苅は自分に求められている役目を果たす。お行儀がよくて害のない、二人の世界の素敵なお客様。上辺だけの言葉は何て重苦しいのだろう。鉛を飲み込んだような息苦しさを感じながら、「でも」と続ける。
「二人の姿を今日見られて良かったよ。まるで式を一足先にやったみたいで楽しかった」
花嫁さんはひどく嫌がっていたけど。明るく言ってやると、彼女は顔を赤くして俯いた。
花婿の方は加苅の言葉に機嫌を直したようで、曇りのない笑顔でお礼を言った。
「ありがとう加苅。……椿、もう行こう。これ以上遅くなったらまずい」
自然に差し出された手を、椿は照れくさそうに取った。
「……加苅さん、またね」
「式が終わったらまた遊びに来る」
「あぁ、楽しみにしているよ」
歩きだした二人の後ろ姿を見送って、加苅は大きなため息をついた。