家に憑くもの
Ⅱ.弟
佳織は鍵を開け、勢いよくドアを開いて玄関に入った。
「ただいま。」
いつもの調子で声を掛ける。返事はない。
「お母さん、買い物か。誰もいないんだ。」
靴を脱いでスリッパに履き替え、前を向いた佳織の目に、廊下を横切る翔太の姿が映った。翔太はすぐに視界から消えた。佳織は、翔太はリビングから出て、すぐに階段を上ったのだろうと判断した。
「いるんだったら、おかえりくらい言えよ。」
佳織がつぶやく。
しかし、2・3歩歩いたところで、違和感を感じた。リビングから出て階段を上がるには、いったん玄関に向かって2メートルほど歩かなければならない。玄関に向かって歩けば、佳織から翔太の正面が見えるはずだ。しかし、さっき見た翔太は、突然現れて真横に廊下を横切り、姿を消した。
ありえない。
佳織はすぐに違和感を打ち消した。
―― 気のせいよ。
―― 新しい家にまだ慣れていないから。
佳織も翔太に続いて階段を上がった。2階の間取りは、階段から見て一番奥が両親の寝室、真ん中が翔太の部屋、そして一番手前が佳織の部屋だ。階段を上がりきったところで、翔太の部屋のドアが閉まるのが見えた。佳織も自分の部屋に入り、鞄を置くとベッドに腰掛け、携帯電話を取りだした。
友人から来たメールの返信を打とうとしたとき、隣の部屋から大音量の音楽が鳴り響いた。翔太が音楽を聞き始めたのだ。
「あんのやろう・・・」
佳織は憤然として部屋を出ると、翔太の部屋のドアを叩いた。
「ちょっとぉ、音が大きすぎるわよ!近所迷惑でしょ、少しは考えなさいよ。」
すると、音が止んだので、佳織は部屋に戻った。佳織が部屋に戻ると、再び大音量の音楽が鳴り響いた。佳織はさっき以上の勢いで部屋を飛び出すと、翔太の部屋のドアを激しく叩いた。
「いいかげんにしなさいよ!ばかにしているの!」
すると、また音が止んだ。佳織は思い切りドアを開けると、翔太の部屋を覗き込んだ。
「おまえ、頭おかしいんじゃないの。中二病かよ。」
年頃の娘と思えぬ口調で言う。翔太はドアに背を向け、部屋の反対側の机に向かって座っていた。佳織がなおも睨みつけていると、翔太がゆっくりと立ち上がった。
「なんか言いなさいよ。」
佳織が言うと、翔太がゆっくりと体の向きを変え、佳織に向かい合った。佳織は、また強烈な違和感を感じ始めていた。
―― なにかおかしい。
―― 翔太がなにかおかしい。
作品名:家に憑くもの 作家名:sirius2014