家に憑くもの
風呂から上がった裕子は、2階の自分と夫の寝室に入った。ドレッサーに向かって座り、引き出しを開いてクリームを出そうとした。
「あらっ、ないわ、どうしたのかしら。」
クリームが無かった。
買ったばかりの、外国製の高価なクリームだった。
「もう、翔太のいたずらかしら。」
裕子は部屋の中を見回す。部屋には夫の健次郎と自分のベッドが、1メートルほどの間隔を空けて並んでいる。夫のベッドは普段は使わないため、枕まですっぽりとベッドカバーで覆っている。その夫のベッドの枕のあたりに、クリームのビンが置いてあった。
裕子は立ち上がって夫のベッドの枕元に歩み寄り、クリームのビンを取った。
「翔太ったら、後で叱っておかなきゃ。」
裕子はビンの蓋を回してはずした。
「あら?」
買ったばかりでほとんど使っていないにも拘わらず、中のクリームが大きくえぐれていた。裕子はビンの中を覗き込んだ瞬間、小さな悲鳴を上げてビンを放り出した。
床におちてクリームがこぼれ出たビンの中からは、一匹の灰色の虫が這い出していた。
作品名:家に憑くもの 作家名:sirius2014