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カナカナリンリンリン 第一部

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少し曇って来て、湿気が増えた気がする。木陰なのに汗がどんどん出て、ポロシャツにはっきりわかるような汗のあとが見えた。ハンドタオルで胸の汗をぬぐい、スポーツ飲料を飲みながら歩いた。これまでより傾斜がきつい。人の気配がない。こちらはあまり来る人がいないのだろう。もう沢の水音は聞こえなかった。

セミの声だろうか、ヒグラシのような音でもあり、しかしカナカナのあとに鈴を振っているようなリンリンという音が続いて聞こえる。初めて聞く鳴き声だった。虫にしては音量が大きいし、地面ではなくその音は樹々の間を波のように余韻を響かせながら規則正しく流れている。カナカナリンリンリン。リンリンという音は次第に弱くなっていき、それに次のカナカナリンリンリンと続く。小学生の音楽の時間にやった輪唱を思い出した。

林は靄がかかってきていて、誰もいない中にその音は悲しく響いている。普通セミは複数同時に鳴いていて、それぞれ勝手に鳴いているものだが、ここの森は音楽的とも言えるような統一感があった。指揮者がいてタクトを振っているのではないかというように、寄せては返す波になって鳴りひびいている。

絹の滝はまだだろうか。あのグループもこちらに向かっているのだろうかと考えながら、ひと休みして汗を拭く。あのグループと出合ってなく、ずうっと一人だったら夢の中か、異界の中にいるような気にもなってくる。目の前に見える風景も杉の木立ちが水墨画のようにも見えた。遠くの方でかすかに雷の音も聞こえる。まだ大丈夫だろうと、私はくねくねとした坂道を登り始めた。