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冬の奇跡-私だけのサンタクロース

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 外で吠える犬の声で目が覚めた。いつも近くの公園を散歩している小型犬だろう。すごく大きな声で吠えるのだが、そのおかげで私はいつも定時に起きることが出来る。枕元の時計を見ると八時四十分ちょうど。そのまま隣の布団に視線を動かすと、そこにはあどけない寝顔の美雨がいた。まるでアニメか漫画のような安らかな寝顔。その枕元には昨日から読んでいた小説が置いてある。栞が挟んでいないところを見ると読み終わったのだろうか。私は美雨を起こさないようにして布団から立ち上がり、朝食の用意を始める。朝食が出来るまでは寝かせておいてあげてもいいだろう。冷蔵庫から玉子を二つ取り出す。もともと朝食をあまり食べるタイプではないし買い物にもまだ行っていないので目玉焼きにトーストくらいしか出来るものはない。フライパンに油を敷き軽く熱する。そこに玉子を二つ落とし入れるとなんとも朝食らしい感じの匂いと音が部屋に広がる。もしかしたら音で目が覚めてしまうかな、と思ったが美雨は軽く寝返りを打つだけで起き上がりはしない。食パンをトースターに入れてタイマーをセットしながら考える。いったいあの夢はなんだったのだろう。もしかしたらなんてことはないただの夢かもしれない。夢に啓が現れるだけなら今の私がそんな夢を見てもなんら不思議はない。しかし啓が泣いていたのは意味が分からない。啓も私との別れを惜しんでいる、もしそうだとするなら私たちはとんだ道化ではないか。お互いにまだ好きなのに離れ離れになることに意味なんて存在しない。しかしそんなことよりも気になったのは夢の中の啓に寄り添っていた美雨にそっくりの少女だった。そっくり、というか本人としか思えないほど見た目は瓜二つだった。どういうことなのか。美雨は何者なのか。夢の中の啓は何を伝えたかったのか。クリスマスの朝だというのに私の中で謎はまるで雪の如くどんどんと降り積もっていく。そんな私の思考にタイムをかけるようにトースターの音が鳴った。フライパンの目玉焼きをお皿に移しトーストと一緒に盛り付けテーブルに2人分並べる。それから2人分の食器を用意していると、どことなく眠そうな美雨の声が響いた。
「おはよう玲」
「おはよう。よく寝れた?」
「おかげでよく寝れたわ。泊めてくれて本当にありがとう」
「いえいえ。お礼はいいから顔を洗ってきて。ご飯にしよ」
 美雨は小さく頷くと眠そうに目を擦りながら洗面所に向かう。その間に私は二人分のインスタントコーヒーを入れる。いつも二人分しかいれないコーヒーを二人分入れるのはなんだか少し新鮮だった。美雨が洗顔から戻る前に布団は押入れに上げる。美雨の枕元においてあった小説はもしかしたら読み終わってないかもしれないのでしまわずに食卓の隅に置く。そうしている間に美雨が戻ってきた。まだ少し眠そうだがいくぶんかはさっぱりした顔で食卓につく。美雨が座ったのを見計い、目の前で手を合わせる。
「いただきます」
 それに追従するかのように美雨も手を合わせる。
「いただきます」
 その言葉を皮切りにお互い調味料に手を伸ばす。私はソース。美雨は醤油。私は昔醤油派だった。でも啓にソースを薦められて試しに一度食べてみれば、目玉焼きといえばソース、という一派に加わらずにはいられなかった。朝のこんな何気ない一コマでも啓のことを思い出してしまうのだ。私はこれから先どれだけ啓のことを思い出しながら生きていくんだろう。そう思うと少し胸が苦しくなる。
「どうしたの?」
「何でもないわ。大丈夫」
「そう」
 調味料を手に取ったまま呆然としていたのを見て心配してくれたらしい。ソースを目玉焼きにかけてトーストに乗っけて口に運ぶ。もうすでに美雨はトーストと目玉焼きを食べ終わり食後のコーヒーに手を伸ばしてるみたいだ。そして私もトーストと目玉焼きを食べ終わりコーヒーに手を伸ばす。それを口に運びながら美雨に言葉を投げ掛ける。
「美雨、今日はどうするの?」
「夜まではここにいさせてほしいわ。夜になったら一緒に来てほしいところがあるの。それで私とはお別れ」
 そう言うと美雨は隅にあった小説に手を伸ばす。読み終わっていなかったのだろう、と思ったら驚くことに美雨は最初のページから読み始めている。昨日の今日で再読するなんてよっぽど気にいったのだろうか、というか限度がある。
「美雨、他の小説読めば? その作家さんの別の作品もあるし」
「ううん。これがいい。この話が好きなの」
 確かにいい話ではある。とにかく文章が読みやすくて、キャラクターが魅力的。しかしストーリーは王道ですらある。主人公である女性と男は愛し合っている。しかし主人公の親友も男のことが好きなのだ。親友は主人公と男のためを考え、姿を消す。主人公は親友のことを忘れずに男と幸せになる。もはや王道とも言えない、陳腐と言われてもしょうがないストーリー。でも私はこの話が大好きだった。美雨が気にいってくれたのは嬉しかった。そこで私は美雨にちょっとしたプレゼントをあげることにした。
「ねえ美雨、その本あげよっか」
 美雨は不思議そうな目で私のことを見つめる。
「……いいの? 好きな本なんじゃないの?」
「好きではあるけど、特別な思い出がある本でもないしね。クリスマスプレゼントよ」
 それに本ならまた買えばいいだけだ。午後にでも本屋に行って同じ本の新しいのを買ってあげてもいいのだがそれは違う気がした。美雨は初めて見せる満面の笑みで私にこう言った。
「ありがとう」
 その笑顔でありがとうと言われただけで満足だった。私は僅かな時間で美雨のことが好きになっていた。もっと一緒に居たいと思った。なんならずっとここに住んでくれてもよかった。美雨が居れば、啓がいなくてもやっていけどうな気がした。でもそれを美雨には伝えられない。伝えたら美雨は悲しい顔をする。なんだかそんな気がしたのだ。それだけは嫌だ。美雨の悲しい顔だけは見たくない。ありがとうと言ったあと美雨は小さく呟く。
「あなたへのクリスマスプレゼントは……」
 その先は声が小さくて聞こえなかった。その後は特にすることもなくプレゼントにあげた本の感想について話したり、家にあったDVDを見たりで時は過ぎていった。そして夕方六時頃。十二月にもなれば六時はもう立派な夜だ。美雨は本を手に持ち立ち上がる。そして私に言う。
「そろそろね……行きましょう玲」
 私は気になっていた問いを口に出す。
「行くってどこに?」
その問いに対して美雨はあまりにもあっけない答えを返した。
「公園」

「ねえ美雨寒くないの?」
 私はコートを羽織って手袋マフラー完全装備でも震えているのに、美雨は昨日と変わらぬ白いワンピース一枚。そして左手にはプレゼントにあげた本を抱えている。
「大丈夫よ。私はサンタクロースなんだから」