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冬の奇跡-私だけのサンタクロース

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 とやはり腑に落ちない返事が返ってくるだけだった。この美雨という少女は何かがおかしい。根拠はないけれどそう思った。部屋の前に着いたので私はバッグから鍵を取り出し部屋の扉を開け狭い玄関で靴を脱ぎ部屋に上がる。それに追従するように美雨も靴を脱ぎ部屋に足を踏み入れた。人を泊めるなんて考えていなかったので特に片付けなどしていないが、別に友達や彼氏を泊めるわけでもないので気にしないことにした。
「すごい量の書物。ここは本の城?」
 確かにこの部屋には本と呼べるものがかなりの量ある。八畳一間キッチントイレ付きのアパートには私が古本屋で買い集めた大好きな本がところ狭しと置いてある。基本的に図書館派の人間なので気に入ったものしか買わないのだが何しろ本を読む絶対量が多いために気に入る本も多いのだ。今でも月に10冊ほどは購入する。正しい量は把握していないが最低でも300を超える量の本がこの部屋にあるはずだ。この部屋は美雨の言うとおり私専用の図書館であり城なのだ。それを美雨に伝える。
「そうね。お城みたいなものかも。何か気になる本があった勝手に読んでもいいわよ。大人しくしててくれるならそれが一番だし」
「うん、そうさせてもらう」
 そう言って美雨は近くにあった本に手を伸ばし早くも読み始めた。私が特に気に入っている恋愛小説だ。好きな本を他の人が読んでくれるのは嬉しい。きっと本を読む人共通の思いだろう。気に入っている本を選んで読んでくれた、というだけで私は少し美雨への警戒心を解いていた。実を言えば聞きたいことはたくさんあるのだがどうせ聞いても答えてくれないし、夜はまだたっぷりとある。それは夜ご飯を食べて、寝る前でも遅くない。今は本を読んでいてくれればいい。そうして寝る前には本の感想と一緒に話をしよう。そう思いながら私は二人分の夕飯を作るために冷蔵庫の中身を確認した。買い物に行っていない冷蔵庫の中には数個の卵と鶏肉。それにケチャップ、その他調味料。今日はオムライスだな、と私は思いながら夕食を用意したのだった。
 八畳一間の私の城に二つの食器の音が響く。
「美雨、ご飯食べる時くらい本読むのやめたら?」
「駄目……?」
 美雨が不思議そうな瞳で私を見つめる。駄目というか行儀が悪いのだが、その神秘的な瞳で見つめられると駄目とは言いづらくなってしまう。
「んー、今日だけはいいわ。でも行儀が悪いから次ご飯食べる時からはやめなさい?」
 美雨は素直にこくんと頷いて言葉を返す。
「ありがとう。分かったわ。次からは気をつける」
 かなり常識知らずだがどうやら物分かりはよいみたいだ。また一つなんとなく美雨のことが分かった気がして、私はなんだか嬉しかった。また美雨の視線は手元の小説に戻っている。そして視線を下に向けながらも右手はオムライスから口へとスプーンを一定の間隔で運ぶ。食べる時にも本を読むのをやめないなんてよほど気に入ったのだろう。好きな本を気に入ってもらえて私はなんだかやっぱり嬉しかった。美雨が唐突に口を開く。
「ごちそうさま」
「あ、食器は流しに置いといてくれる? 洗っとくから」
「分かったわ。ありがとう」
 いろいろと考えてる間にも美雨はオムライスを口に運ぶのをとめなかったのでいつの間にかに食べ終わっていたようだ。私のオムライスはいまだ半分近く残っている。私は少し急いで残りのオムライスを口に運んだ。
 食べ終わった食器を2人分まとめて台所で洗っている間にも横目で美雨のことを少し観察する。変わらずに美雨は手元の本のページをめくっている。いつの間にもう三分の二以上を読み終えている。あのペースで読んでいれば当たり前とも言えるが。少し遅いほうだとすらも思う。銀色の瞳はゆっくりと、しかし確実に文字を追っていた。なんというか言いづらいけれど、大事に物語を読んでいる。そんなような読み方だと思った。私は食器洗いを終えて美雨の元へと向かう。そして美雨の隣へと腰を下ろした。独り言のように美雨に話し掛ける。
「ねえ美雨、あなたはいったい何者なの?」
 美雨は手元から視線を逸らさずにその問いに答える。
「私? 私はサンタクロース」
「サンタ? そんなわけないじゃない」
「何故? 今日はクリスマスイヴよ? 何もおかしくないと思うのだけど」
「だってサンタがこんな女の子だなんて話は聞いたことない。それにサンタがここにいたらプレゼントは誰が届けるのよ?」
「女の子のサンタがいたっていいじゃない。それに今はサンタだって一人じゃないの。届けるプレゼントが物理的な物とは限らない。だったら一人では手が足りないから」
 美雨の言葉は今までのように危うい、どこか疑問を含んだような感じを失っていた。まるで本当のことを語るかのように。もちろんそんなわけないと思った。きっと美雨は自分の素性を隠したいだけ。今がちょうどクリスマスだったからサンタと言っただけなのだ。しかし心の奥では美雨の言ったこと、美雨がサンタであるということを否定しきれない自分がいるのも確かだった。美雨はただの人間ではない。なんとなく雰囲気からそう感じることが出来たのだ。なんだか。
触れたら消えてしまいそうな感覚。私はその日それ以上追求するのをやめた。それ以上聞いたなら美雨はここからいなくなってしまう気がしたから。私は美雨に一言声を掛けシャワーを浴びた。浴室でいろいろと考えてみたけれど、何一つ答えは出なかった。美雨にもシャワーを浴びるように声を掛けたが、浴びないというので強くは言わなかった。そして二人分の布団を敷いて電気は消さずに布団の中に潜る。そして美雨に向けて小さく呟いた。
「おやすみ美雨」
「おやすみ、玲」
 美雨が初めて私の名前を呼んでくれた瞬間だった。そして私は少しづつ夢の世界へと入っていった。

「玲……玲……」
 夢の中で私を呼ぶ声がした。すごく聞きなれた声。だけど意識が朦朧としていて誰だか思い出せない。
「玲……ごめん……玲……」
 謝っているみたいだ。男の子の声。すごく、大好きな男の子の声。段々と意識がはっきりとしてくる。啓の姿がぼんやりとした姿で私の前に現れる。啓は少し泣いていた。何故泣いているのだろう。啓に泣くのをやめて欲しい。啓には笑っていて欲しい。その一心で啓に話し掛ける。
「ねえ啓泣かないでよ」
 しかし啓は泣くのをやめない。
「ねえ何で泣くの? 笑ってよ啓」
 どうやら啓には私の声は聞こえていないし、見えてもいないようだった。ぼんやりとした啓の姿はどんどんはっきりとして、もう実際にいるかのようなのに。どんなに話し掛けてもその声は啓に届かなかった。そんなことをしているうちに啓は背を向けて、私からどんどん遠ざかっていく。
「行かないで、ねえ行かないでよ啓」
 必死で制止しても啓はどんどん遠ざかって、私が必死に走って追いかけても啓はどんどん私から離れていく。そして啓はまるで霧のように私の視界から姿を消した。消えていく啓の傍らには、美雨とそっくりの姿をした少女が連れ添っていたような気がした。